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「ヴェル、今は少し時間が必要なの」
「わかった。お休みリティ」
「ええ、おおやすみなさいヴェルター」
ドアのうちに入るとリティアは人払いをした。ヴェルターの足音が静かに遠ざかって行った。
リティアは一人になると窓辺に行って空を見上げた。
祭りの賑やかな声もここまでは聞こえない。しんと静まり返った宮殿はリティアの心も静かにしてくれた。リティアはかつて、建国祭の最終日、大勢の前でヴェルターが婚約破棄を申し出てくれれば、と望んでいた。そうすれば国王もリティアの父である公爵も阻止する前に多くの人が聞くこととなる。社交界に噂は広まり誰も止めることができないだろうと。“手っ取り早くていい”そう安易に思っていた。
思いやりがあって思慮深いヴェルターがそんなことをするはずがなかったのだ。ヴェルターの別れの提案は曖昧な言い方で、ああ、ヴェルターだと思った。ヴェルターはこういう人だったと。唐突に拒否できない形で告げるのではなく、リティアの気持ちを慮ってくれる。気持ちが追いつく時間をくれたのだ。本来なら王太子側からの婚約破棄は立場上、こちらは拒否できないというのに、リティアにも選択出来るようにしてくれた。リティアはこんなヴェルターだから婚約者という立場でなくなっても友人でいたいと思えたのだった。
「馬鹿なことを……」
リティアは自分がいかに浅はかだったか恥じていた。ヴェルターはずっと大事にしてくれていた。最後に彼なりに古くからの友人としてリティアをもてなしてくれたのだ。そう思うと胸が熱くなった。じんわりと滲む涙は、やがて湛えきれなくなって零れ落ちた。
「せめて彼が、私の事など気にすることなく幸せになってくれますように……」
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