第3話 秀抜な男性と偶発的を装った何らかの力が働いた計画的出会い。

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 ヴェルターはノックにもドアの開閉にも顔を上げず、執務机の書類に目を落としていた。綺麗な顔の眉間に皺が寄っていた。忙しいのだろう。リティアは早くも立ち寄ったことを後悔した。事前に連絡すれば良かったのだが、そうすれば必ず寄らなければならなくなり、かつ正式な訪問になる。つまるところ、少し、ほんの少しだが、寄らずに済めば……という逃げ道を残しておいたのだった。  ドアが開いたのに何も言わないことにしびれをきらしたのか、ヴェルターは視線も上げずに言い放った。 「今は、一人にしてくれと言わなかったか」  低い声だった。 「ご、ごめんなさい。あの、直ぐに出て行くわ」  リティアが謝罪すると、ヴェルターはぱっと顔を上げた。ヴェルターの目はそこにいるのがリティアであることを認識し、一瞬眉間の皺が深くなった。 「ああ、驚いた。君だったのか」  そう言って向けられたのは、いつもの――柔らかな笑顔だった。来るんじゃなかった。リティアはそう思った。目の前にいるのがリティアだとわかるとヴェルターの眉間の皺がほんの一瞬だがさらに深くなったのをリティアは見逃さなかった。 「すぐに、お茶の用意をさせよう」  ヴェルターはにこやかな表情を保ったまま椅子から立ち上がった。リティアは直ぐに、視線を外されたのだと気が付いた。 「いいえ、ヴェルター、少し、顔を見に来ただけだから」 ヴェルターはリティアの隣でぴたりと動きを止めたが、前を向いてるリティアとドアに体を向けたヴェルターとでは視線が合うこともなく、リティアはヴェルターがまだ微笑んでいるかを知ることは出来なかった。
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