676人が本棚に入れています
本棚に追加
/200ページ
ヴェルターは自分が憶測に耽ふけり窓に張り付いていたことに気が付くと、机へと戻った。
「何をしているのだ、俺は」
気持ちを切り替え、書類へと目を落とした。ドアがノックされるたびにリティアかと期待してしまう。全く、仕事にならないな。ヴェルターは意識が目の前の事に集中できるようにしばらく誰も執務室に入ってこないように命を出した。リティアは今日もここへはこないだろう。それなのに待ってしまう自分が嫌だったからだ。
――随分と時間が過ぎ、僅かな期待も消えた頃。
入るなと言った執務室に入る者があった。ヴェルターは感情のコントロールに長けてはいたが、苛立ちを繁忙のせいに出来る今は、敢えて相手に伝わるようした。
「今は、一人にしてくれと言わなかったか」
「ご、ごめんなさい。あの、直ぐに出て行くわ」
本来なら、畏縮した相手に少しばかり満足する苦言だったはずだが、相手が待ちわびたリティアだった場合、反省すべきは相手でではなく自分だと立場が逆転する。
感情を表に出してもいい事なんてないのだと猛省し、かつリティアの訪問を嬉しく思い、更にリティアのドレスがいつもと違い大人びたものだと気づくと動揺し、すべての感情は丁寧な微笑みで隠した。
リティアの横を通る時、花のような香りがした。化粧の香りか、それとも髪を上げるのに香油を使ったのだろうか。オーデコロンほどきつくなく、ほのかなもの。だが、男とは違う女性の香りだった。
まただ、とヴェルターは思った。
最初のコメントを投稿しよう!