第5話 国境シュテンヘルムへ。(長旅の往路は平和です)

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 もっと、なんだろうか。遠慮する、だなんて。いったい、君の他に誰が俺の隣に立つというのだ。目的地に着くまでの道のりは遠く、考え事をしてしまうには十分な時間があった。脳は一度ネガティブに傾くと、考えたくないことまで考えてしまう。むしろ、考えたくない事態を想像するのに冴えだすのだ。  メリハリのある濃い容姿、だと?  一度傾きだしたヴェルターの脳はすっかりと転げ落ちる。“彼は、あなたと真逆ね”  ウォルフリック・シュベリー。ぱっと脳が彼の姿を拾う。夜のような深い色合いの髪、黒曜石の瞳。同性でも見とれてしまう、眉目秀麗な外見でしっとりとした色気もある。だが、それを鼻にかけるでもなく、浮ついた噂もない。彼の謹厳実直な仕事ぶりには感銘を受けるほどだ。  彼の話をしたあと顔を赤らめたリティアを思い出すと、ヴェルターは胸が塞がる思いがした。この予感が杞憂に終わることを望むしかなかった。  ◇ ◇ ◇ ◇  マルティンはどれだけ馬車が揺れようが、体勢も表情も一切変わらない王太子に尊敬の眼差しを向けていた。なんて体幹と精神力の強いお方なのだ。  自分はというと馬車の揺れに気が滅入り早くも飽き飽きとしていた。仕事は持って来ていたが、こう揺れては文字も書けなければ、文字も追えなかった。尻が痛い。だが、王太子が寛がない対面で自分が体勢を変えるわけにいかず、ヴェルターが話を振ってくれやしないかと期待した。だが、ヴェルターは深く考え事をしているようで目は合っているように見えるのに瞳には何も映していないようだった。
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