第6話 真のヒロイン、悪女とは……。

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 ヴェルターは母親と話し終わるとリティアの手を取り手の甲に唇を近づけた。触れそうで触れないところで手は解放されたが、手入れを怠って荒れた手にヴェルターが気づいていないことを願った。なぜか今になって、ヴェルターに手を取られたことが気恥ずかしくなった。今更、何を……。リティアとヴェルターの姿は誰が見ても仲睦まじく映るだろう。  馬車の中ではリティアの母親オリブリュス公爵夫人がいかにヴェルターが素晴らしいかを生誕から遡って話し始めた。中にはリティアも知らない話が出てきてリティアは嬉しく耳を傾け、そのたび胸が痛んだ。ヴェルターはいつから自分には王太子としての姿しか見せなくなったのだろうか。 「本当ね、お母さま。ヴェルター殿下は本当に素晴らしい人だわ」 「そうね。あなたのことも本当に大事にして下さる。立派な方だわ」 「ええ」  本当に、大事にしてくれる。私たちは親が決めた政略結婚だ。  リティアには政治的意味合い以上に大事にされている自覚はあった。大事にされることを悲しいと思う感情にリティアは戸惑っていた。もし、婚約破棄が言い渡される時が来るなら、建国祭もリティアが予測する大きな候補の一つだった。建国祭は毎年国を挙げ数日かけてお祝いされる。その最終日は宮殿で大きなパーティーが開催される。おそらく、その場ではないかと思っていた。何か罪を犯したわけではない。断罪されるわけではないが、一瞬にして国民の知ることになるだろう。相手が隣国ラゥルウントの王であれば、確実に国交による婚姻だとわかる。王家に忠誠を誓うオリブリュス公爵の娘は王命に従っただけだとオリブリュス公爵家の評判が地に落ちるわけでもない。リティアの胸が痛むのはそのせいではなかった。  ヴェルターの屈託ない笑顔を思い出し、リティアは膝の上に置いた両の手をぎゅっと握りしめた。
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