毎朝の日課

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「ヴィー、洗濯物を樽に入れておいたからね、寝る前に忘れず魔法かけておいてよ」 「……んあ」  ロジウムに声をかけられ、ヴィクトールは顔を上げた。食後に本を読んでいたつもりが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。開きっぱなしのまま机の上に落ちていた本を拾い、読んでいたページを探す。読書は好きなのだが、体力不足なのかすぐ眠くなってしまうせいで一向に話が進まない。  机の向かい側では、カイがペンを持ったまま同じくウトウトとしていた。おそらくエックハルトかアルマに宛てた手紙を書こうとしているのだろうが、半分寝ているせいで紙にインクの染みばかりができている。 「カイ君、部屋で寝たほうがいいんじゃないかな」  本にしおりを挟んだヴィクトールが肩を叩くと、「うーん」とぼんやり目を開けたカイは、ハッと手元の紙を見下ろした。 「わ、す、すみません……! そうします!」  よだれが垂れかけていた口元を拭い、のそのそと立ち上がる。やや怪しげな手つきでインク壺に蓋をし、ペン先を拭った。レターセットと一緒にペンとインクを文箱にしまうと、「おさきにしつれいします」とやや呂律の回らない声で頭を下げ、フラフラとダイニングを出ていく。 (……そろそろ疲れが出てきたころなのかもな)  とてん、とてん、とゆっくりと階段を上る足音を聞きながら、ヴィクトールは本を本棚に戻した。最初のうちは気が張っているから疲れも感じにくかったかもしれないが、生活環境の違いや慣れない仕事に対する疲労は確実に溜まっているはずだ。休みの日もどこに遊びに行くでもなく、工房で習ったことの復習をずっとしているから尚更だろう。  真面目なのはいいことなのだが、昔のヴィクトールがそうだったように、根を詰めすぎても精神が削られるだけだ。それに、良い幻影を作るには技術だけでなく、アイディアも重要になってくる。 (どこか息抜きに連れて行ってあげたいな。湖とかどうかな? でも休日まで僕と一緒じゃ嫌か……)  考えながら洗面所に向かい、そこに置かれた樽の蓋を閉める。  この樽はヴィクトールが飛行用に使っているのとは別のもので、洗濯物を入れて洗うためのものである。寝る前に皆の汚れ物を入れ、ヴィクトールが清浄の魔法をかけると朝にはきれいになっているのだ。  手をかざして魔法をかけようとした瞬間、ヴィクトールは樽の横にカイのシャツが落ちているのに気が付いた。適当に放り投げたまま、ちゃんと中に入ったかどうかも確認しなかったのだろう。カイにはどうもそういう雑なところがあった。もう、と思いながら拾い上げ、樽の中に入れようとして――その手がふと止まる。  そのままそそくさと逃げるように自室に入り、ヴィクトールはほっと息を吐いた。強く抱きしめた両腕の中、拾ってきたシャツを見る。 (だ、ダメだよな……何してるんだ、僕は)  だが、これは決してカイ本人に手を出しているわけではない。だからちょっとだけ、と言い訳をしてシャツの襟元に顔を近づける。  ゆっくりと息を吸い込むと、カイの柔らかくてほっとするような体臭と、ヴィクトールが分けてあげた髪油の匂いがした。温かくて太陽のような匂いと、それが自分と同じ花の香りに包まれているという事実に、カイを自分のものにしたような気がした。春になってきたからか脇の下は少し汗ばんだ男らしい匂いがして、袖口はランプの物であろう金属臭がする。腰回りは、少し湿った匂いだ。 「……っ」  カイの匂いだ、という幸福感に頭の芯がぼうっとなると同時に、本人じゃない、という切なさで泣きそうになる。ぎゅう、とシャツを握りしめたままヴィクトールはベッドの上に倒れこんだ。もそもそと毛布をかぶり、その中で胸いっぱいにカイのシャツを吸う。息をするほどに胸がつぶれそうなほどの劣情が湧き上がってきて、いけないと分かっているのに自分の行為を止められない。 (ずっと、我慢してるんだから……これくらい、は……だって……)  本能に塗りつぶされていく頭は、自分に都合のいいことしかもう考えられなかった。ズボンに手を伸ばし、苦しさを訴えている中身を取り出す。熱く張り詰めたそこをゆっくりと撫でると、先端から蜜が溢れだした。 「カイ……!」  シャツに顔を埋めながら、小さく名前を呼ぶ。昼間触れ合った指先を思い出した。少し皮が厚くて、指はすらりと長くて、でも意外と肉厚な手。  あの指で、手で、触られたい。この硬い芯をしごいてほしい。どんな風にカイは触ってくれるのだろうか。考え始めると更に興奮する。ぬちぬちといやらしい音を立てながら右手を必死に動かし、ヴィクトールはカイのシャツに顔を押し付けた。 「ヴィクトールさん、気持ちいいですか?」と、微笑みながら問いかけてくるカイを脳裏に浮かべたところで限界が来た。 「ん、んあ、っ……はっ……」  右手に握った陰茎が一瞬膨らみ、その先端から熱い汁が飛び出す。はしたなくシーツと毛布に飛び散った液は、確かめなくともいつもよりずっと量が多いのが分かる。 「ふは……」  やってしまった。急速に冷めていく熱に反比例するように罪悪感が芽生えてくる。だが少しだけ心の痛みが宥められたのも事実だった。 (カイ君と本当にどうこうなりたいなんて、そんな身の程知らずのことは言わないから……だから、想像するくらいいいじゃないか)  頭の中で言い訳をしながら、ヴィクトールはずるずると虚脱感の中に沈んでいった。  やってしまった。急速に冷めていく熱に反比例するように罪悪感が芽生えてくる。だが少しだけ心の痛みが宥められたのも事実だった。 (カイ君と本当にどうこうなりたいなんて、そんな身の程知らずのことは言わないから……だから、想像するくらいいいじゃないか)  頭の中で言い訳をしながら、ヴィクトールはずるずると虚脱感の中に沈んでいった。
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