青灰色の目をした魔道具師

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 高い魔法技術を誇る「黒熊の国」ブロンデス南端、「機械の国」ヘレヴィリアの国境にある「熊の牙」山。その山頂近く、湖の湖畔にあるのが避暑地として人気のクラコット村である。  村の中心部、今は役場として使われている古城前の広場にヴィクトールは工房兼住居を構えている。作成・販売しているのは「幻影角燈」という、魔法で様々な映像を映し出すランプだ。クラコット村では一等地にあたるそこに店を持てた理由は、残念ながらヴィクトールの実力ではない。初代店主であったリリー・ゼーアが「驚天動地の夢想家」と呼ばれる天才魔法使いで、幻影角燈を作り出した人物だからだ。 「ううー……」  エックハルトの家から帰ってきて数日後。夕闇の迫る工房内で呻いたヴィクトールは、ばたりと作業机の上に突っ伏した。  大きな鍋や工具の並ぶ広い作業場には、今はヴィクトールしかいない。胸元を押さえて深呼吸をすると、吐いた息は工房内に拡散して消えていく。  帰ってきてからも、カイのことが気になって仕方なかった。何か気晴らしにプレゼントを渡したり、どこかへ連れ出したりしてあげたいと思う感情と、自分がそんなことをしてもまたカイを傷つけるだけだろうし、カイだって自分を2回も泣かせたヴィクトールのことなんて考えたくもないだろうという思考がぐるぐると渦巻いていた。そもそも気晴らしとしてカイが好みそうなものも分からない。 (小さい頃ならなんでも分かったのにな……)  まだカイが小さくて、4人で首都の貸し部屋に住んでいた頃。あの頃のカイはヴィクトールの魔道具作りに興味津々で、ビーズで「まよけのおまもり」や「せいれいのくびかざり」を沢山作ってくれたものだった。多分何かを作るのが好きだったのだろう。草原に採取のお供に連れて行っても、すぐに走って姿を消そうとするアルマとは対照的に、座り込んでひたすら花冠を編んでいた記憶がある。  しかし、いくら昔好きだったからといって、成人男性にビーズや花をあげるのは違うだろう。それくらいはヴィクトールにだってわかる。 「……別々に暮らし始めてから、分からなくなっちゃったよなあ」  朝からほとんど変わっていない作りかけの角燈を眺めていると、その向こう、店舗に通じるドアから2足歩行の大きな犬が顔を出した。白くフサフサとした毛並みで、ヴィクトールと揃いのエプロンをした彼女はコボルトのロジウムだ。リリーの伴侶であり、彼女亡き後もずっとゼーア工房で働いているお手伝いさんである。 「そろそろお店閉めようと……ってヴィー!? 大丈夫?」  胸元を押さえたまま突っ伏しているヴィクトールを見て、ロジウムは黒く丸い目をこぼれんばかりに見開いた。ぶわわ、と毛が逆立つ。 「だ、大丈夫!」 「15歳以上年下の子が気になりすぎて、仕事が手につかないんです」なんて、いい年の人間がいえることではない。慌ててヴィクトールが起き上がると、毛を逆立てたままロジウムは作業机の上を睨んだ。 「本当に? 朝から全然進んでないみたいだけど」 「う……で、でも、体調は悪くないから」 「そう? 隠してない?」 「だ、大丈夫、本当に元気だから」  ロジウムが過剰なまでに心配してくるのは、以前ヴィクトールが心身を病んで倒れたせいだ。面と向かって聞いたことはないが、ヴィクトールはそう思っている。  10年ほど前、当時の店主だった祖母と、次期店主予定だった母が納品に行く途中で雪崩に巻き込まれて行方不明になった。とはいえゼーア工房は創業者のリリーに子供がいなかったこともあり、血縁関係より師弟関係を重視して店を継承してきた。「|血≪血縁関係≫より|鉄≪師弟関係≫は濃い」、いわゆるコボルト式というやつである。だから長年いた職人の誰かが後を継ぐのだろうとヴィクトールは思っていたのだが、なぜかロジウムが「リリーの魂に一番近い」という謎の理由でヴィクトールを後継者に推挙したのだ。  最古の従業員であり、唯一リリーを知るロジウムに立ち向かえる人はいない。しかし呼び戻されたヴィクトールに職人たちをまとめる才覚はなく、祖母や母の作品を気に入っていた客からも次々と取引を打ち切られてしまった。  なんとかしようと頑張りはした、と思う。だが新しい試みが昔から工房にいてくれた職人たちとの対立を引き起こしたり、新規取引先に足元を見られて無理難題を吹っかけられたりと空回りが続いて疲弊してしまったのである。  回復して時間は経ったものの、未だに虚弱な体質だけは治らない。事あるごとに風邪をひき、少し疲れたらすぐ熱を出すこの体とは、一生付き合っていかなければいけないのだろうとヴィクトールは諦めている。
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