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【12】頭隠しさんいらっしゃい。
「た……ただいま」
「あら、お帰りなさい。冬氷ちゃん、ついでに長」
「俺はついでかよ」
口を尖らす椿鬼に対し……。
「言ってもらえるだけましでしょう?」
と苦笑するくのいちお姉さん。
因みに名前は花梨お姉さんだ。
「本当に」
「ねぇ?」
ミモザお姉さんや棗お姉さんまで。
「おめーらなぁ……」
椿鬼は呆れつつもそれほど怒ってはいないようで。
「そうだ、今夜は客が来るから用意しとけよ」
そう、ぽふんと頭を撫でられる。
それはやはり、今日の襲撃と関係があるのだろうか。
「でも客って……誰?」
「ん?誰が来るかは知らんが」
いや、知らないのかい!
それで迎えられるもんなんだろうか。自由と言うか、なんと言うか。
「頭隠の忍の誰かが来るだろうが、戦闘にゃぁならねぇよ」
「それなら……いいけど」
ひとまずは。忍大戦とか幕開けなくて良かったけど。
しかし敵側に面している頭隠の忍が何故、氷隠の詰めている離れを訪れるのだろうか……?
※※※
「この度は訪問を許可していただきありがとうございます。氷隠の長」
椿鬼と共に並んで座って待っていれば、花梨お姉さんの案内でこちらに通された人物にハッとする。この人は……多津真さん!しかし、どうして……?
「今回は頭隠の長の名代でまいりました」
長の名代……朝来くんの側に仕えているだけあって、頭隠の忍の中でも重要なポジションにいると言うことか。
「まずは先日、長の伴侶殿に対する無礼をお詫びいたします」
それって……私のこと……。
「ふぅん?まぁそこは褒めてやらんでもない」
ニヤリと嗤う椿鬼
「まぁそれ相応の詫びももらったわけだしな……?」
詫びってやっぱり……。
「はい。本日の花見咲アゲハのことです」
多津真さん……花見咲のご令嬢に対してもはや敬称すらないのね……。
忍の掟すら関係なく、その存在を衆目の元に晒したアゲハさんを、本気で見限ったと言うこと。
「あの娘はかねてより、我ら頭隠の忍の扱いのあらいお方。しかし我ら忍は主君の命は絶対。ご当主さまの娘であり、ご当主さまが命じるのであれば、その命を守ります。しかしあの娘は花見咲に影しか落とさない。花見咲の大切なパートナーでもある海守のご令嬢2人への所業……旦那さまもさすがに怒りを抑えきれないようでした」
令嬢……2人。花見咲のご当主さまも、陽咲ちゃんが海守の血筋であることを突き止めた。いや……花見咲の跡取りの朝来くんの恋人ですもの……陽咲ちゃんのことを調べないわけはないわよね。
「同時に海守のご令嬢の1人は、統木のご子息との交遊を深めていらっしゃる。つまりは氷隠が仕える対象にもなり得るご令嬢。ですので旦那さまは、海守家への詫びも兼ねて、花見咲アゲハが糾弾されることを是としました。そして我々も、忍の掟をあのように八つ当たりでばらそうとするとは……さすがにもうおとなしく目を瞑ってはいられますまい」
だから多津真さんはあの時証言してくれたのね。そして見限ると言う決断まで。
アゲハさんが糾弾されれば、花見咲の家名も傷がつくのに。それほどまでに海守家との関係を壊したくなかったってことか。
「でもアゲハさんは何で今回のようなことをしたのかしら」
決して頭の悪い子ではなかったと思うのだけど。学校一のお嬢さまとして学業も優秀だったはず……いや、学業で100点をとれるかといって、本人の資質に比例するわけではないけれど、お嬢さまとしての教養は充分学んで来たはずである。なのにあんなことを仕出かすなんて……。
「あの娘はかねてより、朝来さまに執着していらした」
多津真さんがさらりと告げるが……やっぱりブラコン!?
「だからってお兄さんの恋人に手を出さなくても……」
私なんてお兄ちゃんの恋人どころかスキャンダルにすら興味ないのだけど。そもそもそこら辺はお兄ちゃんの自由だし。
「だが、嫉妬と言うものはどこにでも芽生えるもんだろ?」
「まぁ……確かに?」
いわれのない嫉妬とは、どこにでも散在しているものである。
「ですが今回のことで旦那さまもさすがに……あの娘は転校となり、高校を卒業し次第親戚に下げ渡される形で嫁入りすることが決まりました」
え……えげつなぁ……。高校卒業と共に嫁がされるとか……いや、私もそうだけども。でも嫁入りに至る経緯が全く違うわよね。
何せアゲハさんの方は……もらう方ももらう方で大変でしょうに。だけど身内から出た錆びは身内でってことなのかしらね。勘当して花見咲から放逐しないのは……せめてもの世間のためでもあるのかも。
「これが今回の花見咲アゲハの顛末です。そして次に……氷隠の長殿の伴侶殿について、ですが」
その話題に、思わずドキリとする。
「我々は確かに依頼を受けましたが、掟の都合上、その依頼者の名を口にすることはありません」
あちゃー……じゃぁ結局分からないと言うことかしら。
「しかし、その依頼は氷隠と我ら頭隠との軋轢を産むことに他ならず、少なくとも花見咲には利益のないことです。むしろこれは、統木との軋轢を産むことになる。さすれば表と裏のバランスまで崩れてしまいます。なので我々はその依頼は遂行不可能と言うことで依頼者にお返しいたしました」
「……できるんだ、返却」
「主の命ではありませんから。まぁ主以外からの依頼でも、忍衆として受けることはありますが。主に不利益しかもたらさないものについては遂行不可能ですね」
「そう言うこった。コイツらは依頼を受けないことにした。そうしたらどうなったと思う?」
椿鬼が試すようににぃと口角を上げる。
えぇと……そのー……。
「別のところに依頼した……?」
それで襲われたってことかしら。
「そうだな。依頼先は氷隠だ」
「え……っ」
でもあの黒迷彩たちは、私を守っていた氷華ちゃんに迷わず向かってきた。……多分、本気で……っ!
「だが当然、俺たちも切った」
そ……そうよね!?あいつらがこちら側なわけがない。
「依頼者も愚かなものですね。長の妻になる娘に手を出そうとは」
「知らなかったじゃ済まされねぇが……それを知るすべもない」
「所詮はそれまでも人間だと言うことです」
「……そ、そう……でもそれなら、今日の黒迷彩たちは何……?」
「氷隠の長の嫁に手を出す意味も知らない……小物に他ならないな」
「まぁいたずらに我々の真似をする人間と言うのは、昔からいたものです。しかしそれらを使うとは、本当に幼稚な」
「本当にな」
椿鬼が嗤う。
「だけど結局依頼したのって誰なのよ」
「ん?そうだったな。んじゃぁ、会いに行くか」
え、会いに!?直接対決ってこと!?
「そう言うことだから。あのならず者はこちらで片付けさせてもらう」
「えぇ、ご自由に。我々も必要とはしておりませんから。では、私はこれにて失礼いたしますね」
にこり……と微笑んだ多津真さんは、そのまま離れを後にしてしまった。
つーか椿鬼がしれっとヤバそうなことを呟かなかったか……!?でもそれは突っ込んではなりないのかしら……。統木家だからなぁ……。
「それで、会いに行くのよね」
「あぁ。来な。俺がいる限りは心配いらねぇし、もう悪事はできないようにしてある」
そう言いつつ椿鬼はどうやったのか、一瞬で忍装束を身に纏う。どう言う手品だそれ。とは言え……。
「それなら安心だけど」
私が頷けば、早速椿鬼に案内されたのが夜闇に紛れそうな車である。
忍のお兄さんが運転手を務めてくれて、私と椿鬼が車で向かった先は……。
「……マジかよ」
いや、予想はしていたんだけど……まさかのまさか。
「知ってるか?この家」
椿鬼は忍装束の頭と口元を覆う頭巾を被りながら問うてくる。
「そりゃぁ……知ってるわよ。ここ……私の家じゃない」
まごうことなき、私の実家。娘がクラスメイトとは言え年上の男の家に泊まって帰らなくても連絡すら寄越さない。学校からも特に家から連絡がいっているわけでもなし。そんな実家が犯人。
でも一体実家の誰が……いや、答えなど、当に出ているのだ。
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