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【5】壁にだってやらなきゃいけない時がある。
「……あの」
これは一体どういう状況?状況はどこまで進んだの……!?
「今、花見咲が家を通して海守に通報すると叫び、海守が『何を言っているのですか』と制し、坊とお花畑があたふたしていた場面だ」
お……お花畑って……ヒロイン陽咲ちゃんのことだろうか。正確にはフラワーエンジェル・陽咲ちゃんよ!?
でもすご……っ。椿鬼すご……っ!なにげに場の把握に長けてた――――っ!
ヒョウカちゃんに忍ハラしながらもその会話をしかと捉えていたと言うのか……!でも忍ハラはダメ、絶対!そして心臓に悪いわ!!
「ヒョウカちゃん……私、行くわ」
「冬氷ちゃん!?あなた……まさか……!」
「いいの。私は……このラブロマンスを、失いたくはないの……!」
例え陽咲ちゃんと朝来くんが結ばれたとしたら、陽咲ちゃんが花見咲陽咲ちゃんになって【咲】が被る問題があったとしても……!
私は陽咲ちゃん×朝来くん、そして瑠夏さま×坊さんルートも大いに推してるの……!!
だからこそ、壁には壁の、やらなきゃいけない時がある……!このラブロマンスのゴールインを、見届けて見せるぅっ!
「話は聞かせていただきました……!」
いや、現場は見てないけれど、サマリーは椿鬼に聞いてますとも……!
「そんなに瑠夏さまを疑うのなら、瑠夏さまが犯人じゃないと言う証拠を見つければいいんですよね?」
「そんなこと、あるはずが……と言うか、君も誰だろう?」
げふっ。
まさかの私も知られてなかった朝来くんに……!でもいいのよ。私は……壁なのだから、それでいいの!
「朝来くん。こちらは御星冬氷さんです」
わぁーんっ!やっぱり陽咲ちゃん大好きぃ――――――――っ!私の推しヒロインちゃん~~っ!
「そうと決まれば、行くわよ椿鬼!」
「あ、おい。決まっては……っ」
ここは瑠夏さまの嫌疑を晴らすためにもやってやろうじゃないの!
「あ、それなら私も……」
と、ヒョウカちゃん。
「(てめぇの持ち場はここ)」
「ふぐぅっ」
椿鬼の眼鏡の隙間から漏れた圧に、ヒョウカちゃんが悔しげな表情を見せる。
でもヒョウカちゃん……代わりにこのロマンス劇場がどうなるのか……見守りは任せたわ……!!
そして椿鬼を引っ張って教室を後にしようとした時、一瞬坊さんから視線を感じたのだけど……すぐに瑠夏さまに寄り添っていた。
う~ん、やっぱり椿鬼を見ていたのかしら。椿鬼は坊さん推しの本場の忍で護衛だもんね。
※※※
「まずは……どこから攻めようかしら」
「お前何も考えてなかったのか」
「ふぐぅ……っ」
生徒たちがほとんど訪れない学園の忍びポイントにて。私は素をあらわにした椿鬼と向かい合っていた。
「……その、勢いで、つい」
そのままごめーんで済ます方法もあったけど……あの2カポーは……4人全員、幸せゴールインして欲しいんだもの。
それが壁のささやかなる願いだから。
朝来くんが勘違いで断罪イベントをおっ始めたり、それで陽咲ちゃんが悲しんだり。瑠夏さまが断罪されて坊さんが怒りのカチコミとかは避けたいところ。
「でも……結構大事なところよ!悲劇を防ぐためにも、そこら辺バッチリ明らかにしないと……!」
「ふぅん、で、何からやるんだ?」
「……そうね……うーん……忍のすごい術かなんかで、瑠夏さまの命令だと主張している子たちから口を割らせられないかしら」
「……拷問か?」
「いや違う……!それ完全に物理ぃっ!何をやろうとしてんのよ!」
「だが口を割らせるにゃぁ……手っ取り早ぇだろ?」
ニタァっと笑みを作る椿鬼。
やっぱコイツ性格悪い……と言うか倫理観喪失してない……?
「それが嫌なら、昨日のことを探ればいいだろ」
「昨日の……は……っ!陽咲ちゃん襲撃事件ね……!」
「その犯人を取っ捕まえりゃぁいい」
うん、コイツならやりそう……。
「でもどうやったら……」
「情報なら……来たな」
椿鬼が視線をずらせば。
「はい、おまちどおさま」
傍らに黒ずくめの……くのいちのお姉さんんんっ!
「手っ取り早くかき集めた情報だけど、何でも不良学生っぽかったそうよ。さすがは目立つ子ね。既に噂が回っているわ。そして間一髪で花見咲のボンボンが駆け付け、彼らは逃げて行ったそうなの。上着を着ていたからどっちの学生かは確信できないそうだけど、花見咲はこの学校の不良と呼ばれる生徒たちじゃないかって疑っているみたい」
「お姉さんすごい!さすが……!」
そこまで情報をくれるだなんて何と言うチート!
「ふふん、当然よ。でも椿鬼、アンタ」
「んだよ……?」
お姉さんが椿鬼と向かい合う。
「氷華をあんま虐めんじゃないわよ!坊に言い付けるからね!?」
「……っ」
やっぱりそこは坊さんに言い付けるのが正解!!お姉さんも分かってるぅっ!!
「……んじゃ、私たちも影ながらついてるし、情報も集めるから安心してね、冬氷ちゃん」
「は……はい!ありがとうございます!」
私がそう言い終わると、お姉さんは風を纏いながらシュッと消えてしまった。
リアルくのいち……かっけぇ……っ!
「……つーか、不良ねぇ」
「そうそう、朝来くんがそう疑ってるのよね」
お金持ち校とは言え、普通にグレる子はいるのだ。それが不良と呼ばれるガラの悪い生徒たち。
「穏便に話を聞けたらいいのだけど、聞くってことは疑われていると伝えるようなものだから……難しいわね。むしろ彼らなら花見咲家の威光は充分に分かっていると思うのだけど」
それで安易に陽咲ちゃん襲撃事件に乗るとは思えない。
「穏便に……?吐かせればいいだろうが」
「いや、やめなさいよ。むしろアンタが影の裏番とかやってそうだわ」
「何だ……?影の裏番って」
「え、知らないの?アンタそう言うのしてそうだけど。うーん、裏番はあれよ。学校の不良たちを影で束ね、そして不祥事は表沙汰にはならないように握り潰す。そして学校で目立ったり、勝手をやったりしたら影で制裁を加えると言う。しかし表向きは普通の地味平凡な優等生や、学園一目立つみんなの憧れ人気者と言うのも定番ね!」
よくあるわよね。学園ものでそう言うの。
「ふーん……裏番か……」
ニヤリ、と嗤う椿鬼。
「まさかアンタ……裏番と果たし合いを……!?」
いや、この学校にいるとは限らないけども……!
「……いいや……?少なくともこの学校にそんなのはいやしねぇ。そんなのがいりゃぁ既にシメてる。まぁ俺としては是非坊に裏からシメて欲しいが……」
まさかの坊さん裏番ルート!
そんな裏番坊さん×不良のふの字も知らない深窓のお嬢さま・瑠夏さまシチュも……萌える……!
しかしその萌えの最中、こやつ何か恐いこと言わなかったか?
「取り敢えず、そこら辺はお手のもんだ。お前は教室で待ってな」
「あぁ……うん?」
椿鬼がそう言うのなら……。授業もあるし。
※※※
――――――――ティータイム。
いきなり何出てきたんだと思うみんなの気持ちもわかるわ。
この金持ち校、ティータイムが1日に2回あるの。昼休みとは別に確保されているの。
その時間、講義としてお茶の作法の指導を受けたり、友だちと過ごしたり、お茶会に招かれてとティータイムを過ごすかは自由。
そんなティータイムが、10時と15時にあるのよこの学校……!
私は大体ヒョウカちゃんと一緒にお茶しながら萌え語りしたり、ちゃんと講義としてのお茶の作法を習う陽咲ちゃんを鑑賞したり、瑠夏さまのお茶会を影からこっそり観察したりしてましたとも……!
しかしそんなティータイムに、不意に椿鬼に呼ばれて指定の茶室を訪れてみればだ。
そこは生徒も利用できる茶室。和洋中があって、ここはその中でも和室。
やっぱりニンジャだから和室が好きなのかしら。いや、それは今はいいのだ。問題は……っ。
「いやアンタ何をしてんの?てか彼らは……誰」
茶室の上座に堂々と腰掛けながら、ニヤリとほくそ笑む眼鏡を外した椿鬼と、その正面で正座するちょっとワル系男子たち……!
「あぁ……ちょいとコイツらをな、俺の子分にしたところだ。そして裏番の座に俺がついてやった。もうこの学校の不良どもは全て俺の配下!手下!裏から手を回して坊の坊のための影の支配組織を作ってやったんだ……。クククッ」
行動の根底にあるのは坊さんへの主従愛。しかしながらえげつない組織作ってたよ何してんのこのひとぉっ!
「いやあんた、公序良俗に反することしてないわよね……?」
「ふ……っ。んなこたぁしたら坊にシメられるからな……特別に高校生基準で済ませてらぁ」
「そう……?そうなら別にいいのだけど……」
いや、いいのか?この学校にいなかったはずの裏番が誕生しちまったぞおいいぃぃっ!?
「で、何か分かったの?」
「まぁな。コイツらが見ていたらしい。許す、話せ」
「は、はいぃぃっ!」
いや、完全にビビってんじゃないの!不良くんたちがマジでビビってるわよ!やっぱりグレてても根はきっと素直でいいこなのよ!!
まずはリーダーっぽい赤毛の不良くんが口を開く。
「その……俺たち放課後はゲーセン行ってて……」
「まぁテンプレよね。河原で果たし合いとかじゃなくてよかったわ。いや、でもいいのかしらゲーセンは」
「河原で……果たし合いっ」
しかしその言葉に赤毛の不良くんが身震いをする。
「それは……禁じられてるんだ……あそこは……恐ろしい不良のテリトリーと言われている……っ」
「そうそう、去年の秋に雉高のやつらがシメられたって!大勢が病院送りになったのにその事件は闇の権力で握り潰されたって!」
「その惨劇以来……あそこに近づく不良は、よほどの命知らずと言われるようになったんだ」
「それ以来あの河原には鬼が……河原の鬼が住み着いているって言われているんだぁ――――――……っ」
そ……そんな危険な河原がご近所にあったとか初耳なんだけど!?しかも椿鬼は……。
「……え?あそこそうなん?知らね」
興味すら持ってない……だと!?
「そーいや……雉高……聞き覚えがあんな」
「そうそう、そうなんすよ!多分あいつらが怪しいです!」
「そうだよ。制服は上着で隠してたけどさ、あの特待生ちゃんの後付けてたように見えたし」
「見覚えのあるやつがいたんだよ。ありゃ、ぜってぇ雉高。素材はちげぇけど、ズボンの色も同じだしな」
さすがにうちの制服はオーダーメイドだものね。でも……白いズボンなんて他にあまり見かけないわよね。
他にも同じ白いズボンの学校があるとすれば……怪しい。
そしてなにげに素材の違いを見抜くとは……グレててもお坊ちゃん育ちかそうなのかその影響か……!?
「でも、どうやって確かめれば……話を聞ければいいんだけど」
「さすがにあいつらは……ちょっと尖りすぎってーか……」
「いくら姐さんでもあいつらはガラ悪すぎるっしょ」
私いつの間に姐さんになったのかしらね。
「少年マンガとかだったらカチコミ果たし合い拳で殴り合って友情が芽生えると思うんだけど」
「いやそれ何時代の話っすか」
それは殴り合いの時代ではないと言うことかしら。それとも物語性の時代が違うと言う話かしら。
うん……でも最近のちょい不良トレンド分からないし……。
「ふ……っ。なら直々にこの俺が出てやろう」
「え、何する気?言っとくけど他校の生徒と暴力行為は……」
「安心しろ。ちゃんと高校生基準だ」
その基準で一体何する気!?ニヤリとほくそ笑む椿鬼に、ちょっと身震いがしたのだけど……!?何この武者震い……じゃない女の勘……!
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