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【9】忍の掟。
突如現れたお兄さんには見覚えがあった。いや、ありすぎる。
「えーと、あなた確かナイフを……」
「冬氷ちゃん、シーっ!!」
「ふむっ!?」
何かいきなりヒョウカちゃんに口を塞がれたんだけど!?
「今の判断は良かった。お前の兄へ、情状酌量の余地を与えるよう進言してやろう」
「ありがとうございますぅ、長ぁ……っ」
「それはどうだか」
しかし突然現れたそのお兄さんの言葉にヒョウカちゃんが『ひいぃっ』となっていた。
相変わらず食えないと言うか何と言うか……。あ、でもやっぱり双子よね。私瑠夏さまばかり見てたし、後ろ姿が多かったからなかなか思い出せなかったのだけど……間違いない。この人は……【彼】なのだけど。
「瑠夏さまを突き落としたのは、このご令嬢ですよ」
お兄さんの言葉に、回りがざわつく。
「そうだぜ!俺たち見たんだ!」
「だから追っかけたら何かこの女のシークレットサービスとやらが出たんだけど」
「海守のシークレットサービスが黙らせてくれてさぁ。助かったぜ」
と、舎弟たち。まさかのあんたたち、また目撃者ぁっ!
と言うか、このご令嬢……アゲハさんは花見咲家のご令嬢。シークレットサービスと言えば……頭隠の忍では!?
それを黙らせたって言うのは……んと、椿鬼を長と呼ぶお兄さんが、海守家のシークレットサービスと瑠夏さまのティータイムで執事やってることと関係があるのよね……多分。
「(黙らせる材料ならあるからな)」
こそっと椿鬼が私の耳元で告げてくる。
ちょ……っ、いきなり顔が近い……!ドキッとするじゃない!しかし……黙らせる材料って……先日の件よね……?
「そんなこと、信じられるか!そもそも君たちは裏番の……っ」
朝来くんの言葉に、椿鬼が余裕の笑みを見せる。
「あぁ、俺の舎弟たちだが?それが信じられないと」
「当然だろう。彼らの今までの言動を考えたら……!」
そりゃぁそうかもだけど。
「だが、コイツらのお陰でお花畑襲撃の犯人も黒幕も分かったんだぜ……?お前もう少し感謝しろよ」
「お……お花畑の襲撃?突然どこの花畑の話を……」
どったーんっ!
お花畑襲撃って、何か違う事件名になってるぅっ!!さっきまでかろうじてお花畑=陽咲ちゃんに結び付いていたのにこれで破綻したぁ~~っ!!!しかし軌道修正してくれるのは、やっぱりうちの坊さん。さすがは狂犬の飼い主!!
「春町さんを襲った犯人の……黒幕だよ」
坊さんが告げれば、朝来くんが呆然とする。
「そんなはずは……っ」
「そうよお兄さま、信じて……!!」
アゲハさんがそう叫ぶが……。
「証拠ならここに。最近うちのお嬢さまにあることないことを着せている生徒がいると言うことで、念のためカメラも容易しておりました。瑠夏さまがバランスを崩された時、シークレットサービスたちも駆け付けましたので。そのさなか、映っていたんですよ。一瞬だけ」
お兄さんがさっと取り出した端末に映されていたものは……駆け付けるシークレットサービスに紛れて、瑠夏さまの背中に手を伸ばしたと思われる、手首。
群衆に紛れているようだけど……。
「あ、腕輪……っ!」
その手首には腕輪が嵌められていたのだ。
それもアゲハチョウをモチーフにした……アゲハさんの腕に嵌まっているのと同じ腕輪が……。
どうみてもあれ、市販と言うよりはオーダーメイドの一点ものよね。宝石ついてるし……。
「そう言うこと~~」
「そ……そんな……本当なのか……アゲハ」
呆然としながらも、ふるふるとアゲハさんに問いかける朝来くん。
「……お……お兄さま……それは……その、私とは限らないのでは……?他に同じ腕輪を持った子だって……」
「それはアゲハが欲しいとぼくにねだったオーダーメイドの一点ものだろ……そもそも学校につけてきたらダメだとあれほど……」
やっぱりぃっ!そして学校につけてくるのは……華美や高級なものは禁止されているから……。とは言えお金持ち校だもの。身に付ける時計ひとつで高級なものである。この学校の言う高価はどのくらい高価なのかと言う点で考えれば、その校則はあってないものだろうが……でも確実に宝石はアウト……かな?そして朝来くんにバレたら怒られるから、朝来くんに隠れてつけてきていたのか。しかし今回は隠す間もなく捕らえられたと言うことね。
「ちがう……違うのお兄さま……アゲハは……アゲハは……っ。あ……っ、その、わたくしはその、瑠夏さまに命令されて仕方なくやりましたの!」
はいぃぃっ!?この期に及んでまだ瑠夏さまのせいにするつもり!?何と言うか逞しいと言うか。だてに学校一のお嬢さまはやってないわね。
しかしその言葉にはさすがに瑠夏さまのシークレットサービスの女性たちも顔をしかめる。
「そう……あれよ……っ!おととい……瑠夏さまがおひとりでティータイムを過ごされたでしょう……っ!?」
あぁ……あの時の。瑠夏さまは週に何度かおひとりで過ごされる。その時はどこのティータイムにも参加しないし、ティータイムも主催されないのよね。瑠夏さまのファンなら自ずと把握するもの。もちろん追っかけの私もである……!アゲハさんも知ってたとはね。学校一のお嬢さまだからこその情報網かしらね。
「あの時……わたくしは1人で瑠夏さまに呼び出されたのです……。そして、その女……春町陽咲を襲うようにと指示を受けたのです。今回の……だって……瑠夏さまが春町陽咲の襲撃事件で容疑者にされているから、その嫌疑を晴らすようにと命じられたんです……!」
「いや……それは……おかしくないか?」
と、妹かわいい朝来くんもさすがに首を傾げる。
そうよね。だって……。
「時系列ぐちゃぐちゃよ」
余程てんぱってるんだろうか。
「その通りだ。陽咲が襲われかけたのは、瑠夏のひとりのティータイムの後だ」
だから、アゲハさんの言葉はあり得ないのだ。
「それは、で……電話で……!昨日指示されたのです……!ちょっと……記憶違いがあって……だからその、全て瑠夏さまの指示なのです……!」
「んじゃぁ聞くけど、このお嬢さまは昨日、海守瑠夏と電話のやりとりをしていたか?」
そう椿鬼が問うたのは……多津真と呼ばれた、花見咲のシークレットサービス!つまりは頭隠の忍である……!
「いいえ。我々花見咲のシークレットサービスとして、証言しましょう。昨日アゲハお嬢さまは海守瑠夏さまと電話もされていなければ、会ってもおりません」
え……っ、まさかの花見咲側からの証言!?
「多津真!?それは本当なのか……」
朝来くんも驚愕している。
「そんな……多津真あんた、裏切るの!?頭隠は花見咲のものでしょうっ!?」
え、頭隠って……衆目の面前で表に出していいものなのかしら。こう言うのって大体のテンプレで隠すものでは……?
「はは……あの女、終わったな」
椿鬼がニヤニヤしながら告げる。終わったとは……。
「はぁ……」
多津真さんが静かに息を吐く。
「私は主の朝来さまの味方ですので。仕えるべき主のために証言することは至極全うなことでしょう」
「お兄さまはわたくしの味方よ!」
アゲハさんが叫ぶが……。
「すまない……今はお前を信じられない」
朝来くんの言葉も仕方がないだろうなぁ……。妹だからと信じて来たのに。
「春町陽咲さまへの嫌がらせを海守瑠夏さまに指示されたと証言したお嬢さまのご友人方についても、お嬢さまが指示をさらたことが判明するでしょう」
「は……アゲハの……友人?」
同級生だとは思っていたけれど……友人関係にあったわけか。それは純粋な友情ではないのだろうけど。
「なん……で、それを……!?シークレットサービスの機密事項漏洩に値するのではなくて!?」
本来なら……そうなのだが。
「我々は主である花見咲の当主夫妻と、朝来さまのために動きます」
つまりはもう、アゲハさんのためには動かない……。アゲハさんを見限ったってこと……!?
そんなどうして急に……。
「うそよ……うそ……全部でたらめよ!!シークレットサービスが何よ!あんたたちが裏切るのなら、あんたたちの証言も宛にならないわ!それに……襲撃の件は……これは確実に瑠夏さまから命じられたの!!」
「わたくしは……そこの執事と共に2人で過ごしておりましたが」
ここで瑠夏さまも告げるが。
「る、瑠夏さまが嘘をついているのよ……」
「いや、そのー……会話に割り込んで申し訳ないんですけど……瑠夏さまがそこのお兄さんと2人だったことの証拠なら……ここに」
さっと取り出したのは、私のスマホ。
「そのー、えと、そのティータイム、撮影してたので」
「えっ!?」
瑠夏さまが驚く。く……っ、推しにバレてしまったけれど……でもここは致し方がない!壁は……壁として杭のないように生きる!推しのためなら……たとえドン引きされても構わない……!
「でもそんなの、たかだかワンシーンだけでしょう……?最初から最後まで瑠夏が私を呼びつけていないとは限らないじゃない……!」
「いや、動画なんで」
「え……?」
「気が付いたら動画モードになってたので、そのたま撮影しちゃおうかと。この動画には、瑠夏さまがお兄さん以外としゃべっている映像はないですね」
早送りで再生して朝来くんやお兄さんたちに見せるものの……そこには後ろ姿のお兄さんと会話する瑠夏さましか映っていない。と言うことで、アゲハさんが瑠夏さまに指示されたと言う証言は嘘になるわけである。
スマホは充電ピンチになっちゃったけど……推しのためにスマホの充電を割いたからこそ、推しのためになったのね。
やっぱり推し活は……素晴らしい……っ!
朝来さんは多津真さんたち頭隠の忍と思われるシークレットサービスたちを呼んで、アゲハさんを早退させることにしたようだ。
今は……花見咲からの迎えの車を待っている。
――――――ところで。
海守のシークレットサービスたちは瑠夏さまのところに戻ったが……。
「ふふ……っ、放置しておいたが正解だったね」
一方で元の位置に戻ってきてにこりと微笑む……例のお兄さん。しかし……まさか……。
「バレて……?」
「そうだねぇ。くしゃみ聞こえなかったら、危うく気が付かなかったね」
げ……っ。やりすごしたと思っていたのに……!推し活で身に付けた忍も認める壁スキルが……くしゃみでバレていたとは……っ。
「でも一応妹の友だちだからね。掟に抵触しない限りは大目にみるよ」
そう爽やかに笑むお兄さん。
え……友だち……?
「帰ったらお前は説教ね、氷華」
「ふぐぅ……っ」
まさかのヒョウカちゃんのお兄さん~~っ!?てことは……冬華さんがもうひとりの……双子のお兄さんだったってことか……!!
「あれ、でもナイフは……」
妹の友だちによくもまぁこのひと……!
「(忍にも掟があるからねぇ。さっきの花見咲の蝶のは、あり得ないね)」
私の耳元で妖艶に告げたお兄さん。ちょ……反対側から圧を感じるのだけど!?お兄さん全く気にした様子ないし……!
「(忍の存在はバレてはならない。安易に衆目の面前でバラしてはならない。時に長の正体を見破るなら、それを脅威とみなす)」
あ……だからアゲハは頭隠たちに見限られたってこと!?そして私は長の顔の椿鬼をクラスメイトの椿鬼だと見破ってしまったから……っ。
「(でも今は長の嫁になる予定だからね。忍の伴侶なら別だし)」
そ……そして生き延びたわけ!?
じゃぁ頭隠のことがなくてもどちらにせよ、私は忍の誰かの嫁になるしか道はなかったんじゃん……!そして頭隠のことがあるからこそ……、椿鬼の……。
「余計なことバラすな、霜華」
「ははははは、じゃぁ氷華の情状酌量はナシで」
「仕方ねぇな」
「そんなぁっ!?」
「ちょっと2人とも……ヒョウカちゃんに酷いことは……」
「ん……?1週間おやつ抜きにするだけだよ」
「あ、そう言うことなら……」
なんだ、案外平和そう。
「冬氷ちゃんも、これに餌付けしないように。……ね?」
ギクぅっ。何この笑顔の圧うぅぅっ!!椿鬼のニタァッより恐いいぃぃっ!!
「あ、ところでヒョウカちゃんのお兄さん……霜華さんが何で海守家の執事をされていたんですか?」
その謎がまだ残っているのだ。
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