第1章

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 次世代の騎士団長候補とまで言われているヴィクトル様だ。もしかしたら、彼は人の実力の限界を見極めるのも得意なのかもしれない。……背中に冷や汗が伝った。 「そ、その……だな」 「……はい」  何なんだろうか、この空気。  ……何処か甘酸っぱく感じられるのは、気のせいだろうか。 (これ、告白前のシチュエーションでは……?)  いやいやいや、ないないない!  自分で言っておいて、それだけはない!  頭の中の私が、即座に反論してくる。……うん、そうだ。ヴィクトル様ほどのお人になれば、女性なんて選び放題なんだ。  なにも『色気ゼロ』の私じゃなくてもいい。 「あ、えっと……その、ずっと」 「……ずっと?」 「ずっと――」  ヴィクトル様が言葉を口にしようとしたとき。不意に、遠くから「アルス!」と誰かが駆けてくる。  その声に驚いたのは私だけじゃなくて、ヴィクトル様もだった。彼が、ぱっと私の手を離す。 「悪い! 取り込み中だったか?」 「う、ううん、大丈夫よ。……で、なに?」  彼はテオといって、私たちの同期だ。今日は別の業務にあたっていたはずなんだけど……。 「実は、近場で立てこもりがあって。犯人は捕まったんだが、被害者が女性で……」  大体言いたいことはわかった。なので、私は「わかった」と言ってテオに向き直る。 「私が事情聴取をすればいいのね」 「あぁ、頼む」  女性の被害者の取り調べは、女騎士のほうがいい。だから、女騎士は重宝される。 「申し訳ございません、ヴィクトル様。……私、行きますね」 「あ、あぁ、頑張って、きてくれ……」 「はい」  ヴィクトル様にそう返事をして、私はテオと一緒に駆けだす。 「お前、ヴィクトルの奴となにか話してたのか?」  駆けている途中、ふとテオがそう問いかけてくる。……話しているっていうか。 「なにか、伝えたそうにされてたけど……」  彼の態度を思い出しつつ、私はそう思う。すると、テオは「まさか、告白?」とからかうような声でそう言った。 「……テオ、それはないわ」 「そうだよなぁ。あのヴィクトル・フリシュムートがお前みたいな『色気ゼロ』の女騎士を相手にするはずがないもんな~」 「歯を食いしばってくれる?」  自分で言うのは別にいい。けど、けど――。 (人に指摘されるの、めちゃくちゃ腹立つ!)  それだけは、間違いない。
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