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「お疲れさまです……」
腰に巻いていたエプロンの紐をほどきながら、店のレジ締めをしている店長に頭を下げる。
「お疲れー。今日はほんとにありがとうね」
頭を下げたままスタッフルームのほうへと方向転換する私の耳に、店長の声が聞こえてくる。
普段なら振り返って会釈くらいするところだけれど、今夜の私はかなり疲れ切っていて、誰かを気遣う余裕なんて少しも残っていなかった。
一緒に働いていたメンバーは既にみんな帰ってしまい、スタッフルームには私ひとり。割り当てられているロッカーを開けると、先週末買ったおろしたてのベージュのワンピースがぶら下がっていた。
ため息を吐きながらワンピースを手に取ると、居酒屋の制服からそれに着替える。
お気に入りの店で吟味して買った、カタチの綺麗なワンピース。それを身に着けた自分を想像するだけでテンションが上がるほどだったのに、実際にそれを身に付けている今の私の気分は最低最悪だった。
ヒールの高いパンプスに長時間の立ち仕事で若干浮腫んだ足を押し込んで、バイト先の居酒屋を出る。
閉店作業が長引いたのもあって、既に0時を過ぎていた。
居酒屋の最寄り駅から最終電車が出るのは0時12分。それを逃したら、ここから三駅先の自宅までタクシーを拾って帰ることになる。だから、ラストまでシフトに入って遅くなった日は、終電に乗り遅れないように駅までダッシュする。
だけど今夜の私は、駅まで走る気力も湧かないほどに落ち込んでいた。それに、今履いているヒールの靴は、走るのには向かない。
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