壱――その男、鴇羽蘇芳

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「ほう……? なるほど」  男の言葉を聞いて蘇芳は頷いた。 「喧嘩を売ったつもりはありませんでしたが、売ると何かが起こるのですね」  わざとらしく首を傾げて見せる旅人。その口元が思わず三日月型に歪む。 「では今からそれを分からせていただける――と? そういうことでしょうか」  余裕そうな蘇芳の口ぶりに、ついに男たちの怒りが頂点に達した。リーダー格の男が腰の刀を抜く。 「言わせておけば……! おい、お前ら、コイツを殺っちまえ! 女のガキはそれからだ!」 「「「おう!」」」  次々と男たちがそれぞれの懐から武器を取り出した。小刀、匕首、粗く削った短い木刀――どれも扱いを間違えれば人命を奪う凶器。 「ひっ」  蘇芳の背後で、思わず悲鳴をあげる者が居た。あの黄色い着物の娘である。 「お兄さん、あんた、いくらなんでも挑発しすぎやって! あいつら怒らせたら……死んでも文句言えへんで!?」 「え……私、挑発なんてしていましたか?」  キョトンとした顔つきで少女を振り返る蘇芳。道にまだ座り込んでいる彼女と、旅人の目が合う。 (この()の瞳……なんて綺麗な色をしているんだ)  思わずまじまじと見つめてしまう。それも頷けるほど、少女の瞳は美しい琥珀色(こはくいろ)をしていた。 「お兄さん!」  少女の声で我に返る。 「わっちのこと見てる場合じゃあらへん! あいつらに殺されちまうよ!」 「おっと、そうでした」  蘇芳は顔を上げ、男たちに向き直った。 「すみません、私としたことがよそ見をしてしまっていました。……では、どうぞ。お好きなようにかかってきてください」  またもや余裕ぶった口調で言う蘇芳。彼が凄いのは、これを挑発になっていると気づかずにやってしまっているところだ。  ――予想通り、蘇芳のこの言動を挑発だと受け取った男たちが一斉に襲いかかってくる。 「うおぉぉぉぉ! 死ねぇぇぇ!」  一人が振り下ろしてきた短刀を、蘇芳は左に体をさばいて避ける。刺す標的が消えてバランスを崩した男の首筋に、蘇芳の手刀が落ちる。 「がっ……」  意識をなくした男が地面に倒れ伏す。それと同時に今度は背後から太くて短い木刀が振り下ろされた。 「うおおおおお!」 「遅い」  鋭い声とともに、木刀が宙を舞う。蘇芳が素早く方向転換し、足で木刀を蹴り上げたのだ。 「なん、だと!?」  驚く間もなく、蘇芳の拳が木刀の男の脇腹に入る。 「うっ……」  そいつがよろけて蹲ると同時に、今度は二人同時に攻撃をしかけてきた。 「死ねぇぇぇぇぇえ!」 「これは避けられるまい!」  左から現れ、足払いをしてくる短刀の男と右から匕首を繰り出してくる男。しかし蘇芳はひょいと足払いをかわし、一旦距離を取る。 「逃げるなぁぁ!」 「逃げてはいませんが?」  再び匕首を振り上げて来た男には、蘇芳が叩き落として以来持っていた匕首で攻撃を受け止める。  キィン……ッ!  近距離で交わる刃――瞬間、蘇芳は手首をクイッと返して攻撃をいなす。同時に片足を突き上げて匕首の男を思いっきり蹴飛ばした。 「ぐはぁ……!」  面白いほど遠くに飛んでいく男の体。続いて先ほど足払いをした男がかかってきたが、いとも簡単に攻撃を躱して今度は回し蹴りを放つ。  ドゴッ――!  蘇芳のつま先が男の背中に直撃、そして同じように吹っ飛んでいく男。  蘇芳はその様子を見届けてから、 「さて」と振り返った。その視線の先には、リーダー格の袴の男。 「あと一人、ですか」
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