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序――紅い記憶
「おい【紅緋】、万津国の城の内部図は手に入れられたのか?」
「……はい、ここに」
偽名を呼ばれた男は、身にまとっている赤色の着物の懐から小さく折りたたまれた紙を取り出す。
「ふむ、どれ」
赤い羽織の男の前に座っている、別の初老の男が差し出された紙を手に取った。それをグシャリと乱暴に開くと、現れたのは朱で書き込みされた精密な城の地図だった。
「これはどう入手したのだ」
初老の男は、手元の紙に目を落としながら尋ねた。赤い男は淡々と答える。
「万津国の城の勤め人となり、うまくやって城主の側近と近づきました。その図は、その側近から直接もらったものです」
「そうか」
地図から顔を上げ、男は大きく頷いた。
「よくやった【紅緋】。お前は本当に優秀な隠密だ。これからもよろしく頼むぞ」
「もったいなきお言葉でございます」
赤い男は深々と頭を下げる。そして彼は踵を返した途端、ふっと陽炎のように姿を消した。
「……本当に隙のない男だな」
部屋に残された男は、その様子を見て呟く。手元の詳しい城内図といい、雇い主の屋敷でさえ一瞬の隙をも見せない動きをするところといい、本当に【紅緋】は――。
「優秀すぎるゆえ、だからこそ周りに恐れを抱かせる……本当にできすぎる忍びであることよ」
初老の男はそこまで言うと、よっこいせと気合を入れて立ち上がった。これで隣国の主となる城の内部がわかった。
次は、城までどう攻めていくか、そして人員配置と日取りを決めねばならない。
「さぁ、城取り合戦の始まりだ……」
男は笑う。
時は室町中期、応仁の乱が勃発している乱世の時代。下剋上の風潮が高まり、身分秩序が乱れてきているこの日本で、戦いが起こるのは日常と化しつつある。
戦が日常。
日常は戦。
すでに戦が始まる前から、火蓋は切られているのである。
そう、たとえば――
隠密を使った情報戦。
戦は日常。
日常が戦。
これは、このような時代に「連歌師」として生き抜いた一人の流浪の男を描いた物語――。
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