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5回目のMerry Christmas
クリスマスにいい思い出が一つもない俺は今年も一人、残業で時間を潰す。
みんな何かしら用事を作りここを離れていったのに、俺はここで用事を作り居座る。
会社を出たらクリスマスは終わってる。
その寸法だった。
「あれまだいたの?」
彼が現れるまではいつものクリスマスだった。
彼は俺の唯一の同期で、俺と違って超優秀な上に出が恵まれてる。
その上人間としても出来てる。
異性からも同性からも好かれ、後輩からも先輩からも信頼を置いている。
出来すぎた男だ。
「ちょっとやっておきたいことがあって。」
「クリスマスなのに?」
「クリスマスとか俺には関係ない。」
「俺も、子供の頃からクリスマスが嫌いだったよ。サンタクロースなんていないってとっくに知ってるのに親を喜ばせるためにわざとらしく喜んでみせて。」
「サンタクロースなんてきたことねぇよ。」
「ほんとに嫌いなのはそんな風に大人の顔色伺って機嫌取ってる自分だった。今もそう。俺は好かれるためにしか笑ってない。」
「なに、俺になんかカミングアウトして。」
俺がそう言うと彼はおもむろに近づいてきて腰に手を回してきた。
耳元で、
「もう一つついでにカミングアウトすると、ずっと好きだったんだ。」
と囁いて生ぬるいキスをした。
俺は動けず、払いのけることもできなかった。
彼の好意がどうこうではなく、俺の頭に過ったのは
もしかして俺、こいつにゲイバレしてた?!
ということ。
そっちだった。
「いやいや、ちゃんと嫌がってよ。」
笑いながらそう言った彼の目の奥は笑っていなかった。
だから俺は抱き締めてしまった。
いつものクリスマスはその日終わりを告げた。
それから俺たちは流れ的に付き合うことになり、恋人になって初めてのクリスマスを過ごした。
外食するのは気が引けたから、彼の家でピザを頼んだりして過ごした。
彼は俺の前ではあまり笑わない。
でもそれがよかった。
彼が無理して笑ってるのを会社で見る度に心配になる。
「幾生は愛想笑い下手くそだよな。」
「愛想笑いが怖いって昔言われたんだよ。」
「誰に?」
「元カレ。」
「へぇ。幾生はいつから男が好きだった?」
「物心ついた時から。お前は?」
「俺は男を好きになったことはないよ。ずっと女と付き合ってたし。」
「え?」
「だから幾生のこと好きだって認められなくて悩んだ。でも、あの時決定打をもらっちゃったんだよな。」
決定打。
それはある企画のプレゼンで後輩が大事な資料を会社に忘れて、俺が適当に講釈をたれて難を逃れた時のことだったらしい。
俺はあの時、内心バクバクで、後輩に対しても怒り心頭だった。
けど、全部飲み込んで帰りにバッティングセンターでストレス解消した。
顔色一つ変えず、スンとしてる俺を見て彼は
「ちょーかっこいいって思ったんだよね。」
「へぇ。」
「認めざる負えなくなった。そっからまた苦しくなったけど。」
「初めてヤッた時、気持ち悪くなかった?」
「それが不思議と抵抗なかったんだよな。何でだろな。やっぱ好きな人となら幸せなんだな。」
彼はビックリするぐらい正直で素直だ。
俺の前では。
でも俺は慣れてなさすぎて彼のその素直さに毎度照れてなにも言えなくなる。
「幾生は、なんで俺と付き合ってくれたの?」
そう聞かれると上手く答えられない。
可愛いなって思うけど、もちろんそれだけではないはずだ。
でもそれを言葉に変換するのは難しい。
「もしかして同情?」
「いや、それはない。」
「じゃあなんで?」
「...明確な答えはまだわからない。」
でも一緒にいたいのは分かる。
2度目のクリスマスは離ればなれだった。
彼が転勤で北海道に行ってしまったからだ。
ビデオ通話で乾杯をしてクリスマスを過ごした。
寂しい、ってこんな感じなのかなとたまに思う。
社内に彼がいない。
隣に彼がいない。
そのことになかなか慣れない自分がいた。
三回目のクリスマス、彼がこっちに帰ってきた。
また一緒に働けるし、側にいると思ってた。
「俺、実は辞めようと思ってるんだ。」
「え?」
「友達が独立して引き抜かれてさ。条件もいいし。」
「...そっか。」
俺はまた一緒に働けると思ってたのに。
彼は違ったんだな。
「でさ、」
「俺との関係もほんとはもう終わりにしたいんじゃないの?」
ついそんなことを口走ってしまったのは前日に聞かされた友人の別れ話が原因だったかもしれない。
彼とは最近、すれ違ったりでちゃんと話せてなかったのもあって、俺はネガティブになっていた。
「それは幾生の方なんじゃない?」
「...俺は、」
「俺のことなんて最初から好きじゃなかったんだし。」
そう言いはなって彼は出ていった。
残されたクリスマスケーキは当然食べきれずゴミになった。
彼とは結局そのまま話せず。
今年は彼と出会って5度目のクリスマス。
俺は通常通り、残業している。
窓の外は白雪がチラチラし始めていた。
時々ここで彼を抱き締めたことを思い出す。
あの温もりはもう戻らないのか。
会社を出て駅まで歩く足がやけに重くて、信号が青になっても歩き出せなかった。
はぁ~とついたため息が永遠に消えない白になった気がした。
「やっぱ残業してた。」
振り返ると彼だった。
「あのさ、」
彼の言葉を遮って俺は抱き締めた。
「やっぱり暖かい。」
「え?」
「あの時も思った。暖かいなって。」
「俺はカイロかよ。」
「離したくないって思った。だから付き合うことにした。」
「...てか、その答えに行き着くまでに何年かかってんのよ。」
「ごめん。」
「いいけど。じゃあもっと暖めてやるよ。」
「え?」
「ずっと暖め続けてやる。だから側にいてよ。」
彼が笑ったら、胸が熱くなった。
「あの時、ほんとは一緒に住もうって言おうとしたんだよ。離れたくなくて。」
「え?」
「誰かさんが勝手に別れ話に持っていこうとするから。」
「...ごめん。」
「でもいいんだ。幾生がどれだけ大事な存在か気付けたから。次同じことがあっても絶対意地でも離れないから。」
「ないよ。もう。」
「言いきれる?」
「言いきれる。だってこれは愛だから。」
俺がそう言うと彼は立ち止まって顔を隠した。
「どうした?」
「あのさ!そう言うのズルい!」
「なにが?」
「いきなり変化球みたいなの投げないでよ!」
あぁ、照れてんのか。
「可愛い。」
「...だ、だから!そういうの!」
「思ったこと言っただけだよ。」
彼を悶絶させるのはクリスマスだけにしよう。
そう決めた、5回目のクリスマスだった。
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