3人が本棚に入れています
本棚に追加
***
この日幸いだったのは、彼がこの後予定がなかったことと周囲に誰もいなかったことだろう。
私の家と彼の家は極めて近い。というか、同じマンションの三階と五階である。今日も小学校の時からの流れで一緒に帰る途中だった。私が教科書を鞄に詰めている間に、彼が“靴箱で待ってるぞー”と先に行こうとしたのだった。それで上着を忘れたことが発覚して今に至るというわけである。
靴箱の前で待ち合わせは珍しくない。だから、それに関して言うことはないのだが。
「あんたね」
私は呆れ果てて、幼馴染を睨みつけたのだった。
「今どきラブレターなんてご丁寧に書こうとしてる奴がいるなんて、思ってもみなかった」
これである。彼のポケットにくしゃくしゃになって入っていたのは、書き損じのラブレターだったのである。どうやら授業中や休み時間に、何度も書いて練習していたらしい。好きです、とか付き合ってください、という文字が書きかけの状態で放置されているというもので、宛先がないので誰に充てたものかはわからなかったが。
「ていうか、紙もったいな。なんでこんなに書き直してんの?」
「字が汚いって、いつも里琴が俺に言ってんじゃん……。読めなかったらどうしようもないし、流石にこういうものは丁寧な字で書かないといけないと思って。で、本番の前に練習して、た……」
「あー。確かに、あんた字は昔っからアレだもんね……」
竜馬は成績は悪くないし、運動神経も良い方だ。調理実習はまあ――爆発させたり炭を錬成させたりと忙しかったが、それもそれ、中一男子と考えると珍しくはないのだろう。
絵もそこそこ上手いし、歌に至っては難しい歌もなんなくこなすほど上手い。それなのに、どうしても字だけは上手にならないのだった。丁寧に書こうとすると、すぐ集中力が切れるし、腕が痛くなってしまうらしい。小学校の時、硬筆の時間に逃亡を図って先生に叱られていたのは記憶に新しい。
――手紙なんてめちゃくちゃ苦手なくせに、それでも書こうとするとか。しかも何度も練習するとか。よっぽどマジなんだな……。
ちょっとだけ感心する。多分、書き損じの紙が見つかったら恥ずかしいと思って、家まで持って帰って処分するつもりだったのだろう。うっかりそれを落として私に見つかっていたのではまったく意味がないが。
「そんなに字が苦手なら、メールとかLINEにしたら?多分今のご時世、そっちのが一般的よ?」
私が告げると、即座に彼は“無理”と言った。
「俺スマホ禁止されてるから、無理」
「そういや、親がめっちゃ厳しいんだっけ……」
最初のコメントを投稿しよう!