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「っ……」
孟開の言葉に、宇晨は息を呑んだ。
ふいに、今朝見たばかりの夢の光景を思い出す。暗い帳の向こうにいる、黒い影のような父の姿が頭をよぎった。
宇晨は何度か口を開閉させた後、掠れた声を上げた。
「……何かの、見間違えでは……」
「先日、夏州での任を終えた李将軍が帰還し、彼を慰労する宴が宮中で行われた。その最中、皆の前に現れたのだ。……私も、この目で見た。遠目ではあったが、武官姿の幽鬼は暁宇によく似ていた」
「……」
孟開の言葉が嘘でも冗談でもないことは、宇晨にはよく分かっていた。そもそも、こんな、宇晨の心を乱すような冗談を言う人ではないのだ。
孟開は顰め面のまま、一つ息を吐いて話を続ける。
「その場には陛下もおられた。幽鬼に驚かれ、倒れてしまわれた」
「なっ……陛下はご無事なのですか!?」
「安心しろ。驚きのあまり、少しの間失神されただけだ。太医がすぐに診られて、怪我も無く体調も戻ったが、大事を取ってこの数日は休まれている。だが……ちょうどその宴の中で暁宇の話が出て、しかもその直後に現れたものだから、その場にいた者達が怯えてしまってな」
孟開はそこで言葉を切り、顔に苦悩の色を浮かべながらも告げる。
「暁宇の呪いではないかと、言い出す者が出た」
「!!」
宇晨の頭からざっと血の気が引いた。
こめかみは氷を押し当てられたように鳥肌が立っているのに、鳩尾にはぐらぐらと煮えたぎるような熱さがある。これは強い怒りを感じた時の感覚だ。
礼儀も何もかも頭の中から抜けて、宇晨は思わず声を上げる。
「父上はそのような人ではない‼」
「落ち着け、宇晨。私を含めた多くの者が、そう思っている」
激昂する宇晨の肩を、立ち上がった孟開が強く掴んだ。大きく固い掌から伝わる熱とかすかな痛みに、宇晨は震える唇から息を吐き出して、首を何度も横に振った。
「なぜ……そのような話が……」
「暁宇の件は、皆が知っていることだ。あいつの気性は分かっているが、同時に無念の死を遂げたことも分かっている。幽鬼となって現れてもおかしくはない」
「たとえ父上が幽鬼になったとしても、陛下を、いえ、誰かを呪い、苦しめるようなことをするはずがありません!」
「ああ。だが、呪いではなくとも、何か訴えたいことがあるのではないかと、そういう声も上がった」
孟開は宇晨の肩を宥めるように何度か叩き、長椅子に座らせる。
宇晨は膝の上で拳を握り、固く目を閉じた。身体の中で激しく渦巻く感情を抑える。
やがて、怒りと悔しさで眦を赤くしながらも孟開を見上げた。
「孟伯父、なぜここに来られたのですか。父上の話をするためですか?」
「……陛下が倒れた後、ある者から提言があったのだ。幽鬼が本当に暁宇なのか、もし暁宇ならばなぜ現れたのかを調べればよいと。そして、その調査を……宇晨、お前にさせればよいのでは、とな」
「な……」
自分の名が急に出てきて、宇晨は目を見張る。
「なぜ俺に?」
「息子であるお前ならば、暁宇のことを一番分かっているだろうからと。……それから、お前が近頃立て続けに奇怪な事件を解決していること、そして仙人を名乗る男が側にいて、解決に協力したことも知られていた」
「いったい誰が……」
「……第四皇子の楊凌殿下だ」
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