第一話 首

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 中原を支配する大国・(こう)国には、東西南北に四京と称される四つの大きな都市がある。  その一つ、東にある『耀天(ようてん)』は大運河沿いにあり交通の要衝として発達し、前王朝時代の将軍によって開発されて大都市となった。その後、二つの王朝と七つの小国を統治して、大国・昊を成して即位した新帝がここを首都と定めたのは、今から百年以上前のことである。  以来、耀天には多くの人々が集まり、数々の文化や芸術が栄えて、名の如く天のように輝ける都となった。  その都の治安を守るために存在するのが、『耀天府』である。耀天府は都で起こる事件を捜査する行政機関だ。  黎宇晨は十五の歳に耀天府に入り、見習いの期間を終えた後、捕吏(ほり)――事件を捜査し、罪人を捕まえる役人として働いていた。  元々武芸も学問も嗜んでいた宇晨は逮捕術や捜査術をすぐに身に付け、数年で頭角を現した。そうして、二十五歳という若さながら、事件の捜査に当たる班長を任されていた。 「――これはこれは黎捕吏。ずいぶんと遅いお越しで」  耀天府に到着し、報告するために上官の部屋を訪れた宇晨を、皮肉な声が出迎えた。上官の一人で、法を司り、耀天府の長官を補佐する推官の徐明哲(シュ・ミンツァ)だ。 「徐推官。遅くなり申し訳ございません」  両手を前に出して重ね、拱手の礼を取る宇晨に、徐推官はふんと鼻を鳴らした。  宇晨よりも一回りは年上の彼は、二年前に耀天府に配属されてからというもの、何かと宇晨への当たりがきつい。 「下手人を捕縛しておきながら他の者に任せて、己は民草と仲良く後片付けとは、気楽なものだな。たかが一介の捕吏とはいえ、本来の役目を放り出すのはさすがに無責任というものではないか?」 「……国に仕える身として、国を支える民の不遇は見過ごせません。下手人の護送も、被害に遭った民への助力も、どちらも変わらず大事なお役目かと存じます」  徐推官の皮肉に、宇晨は拱手の形を取ったまま淡々と答えた。  そもそも下手人を見つけて追っていたのは他の班だ。たとえ宇晨が捕縛したとしても、それまでの彼らの手柄を横取りしない意味もあって、護送をその班の者に任せたのだ。だが、彼らはどうやら宇晨が捕縛したことを律義に伝えたようである。  困ったことになった、と内心で考えながらも淡々と答える宇晨の態度は、徐推官の癇に障ったらしい。細い目の縁をぴくりと震わせた後、眉尻を上げ、口元に嘲るような笑みを浮かべた。 「……黎捕吏。貴様は本当に上官に対して生意気な物言いしかせぬな。卑しい身分のただの使い走りのくせに、ずいぶんと偉そうなことだ。さすがは黎将軍の息子と言うべきか?」 「……」  宇晨は拱手した指先をわずかに震わせた。  無言の宇晨に、徐推官は大げさに首と手を振ってみせる。 「ああ、元・将軍であったな。これは失敬。いやはや、父親のくだらぬ偽善のせいで黎家もとことん落ちぶれたものだ。黎暁宇(リー・シャオユー)が勅命に逆らわずにいれば、黎捕吏も今頃は王宮で大いに活躍していたことだろう。そう考えると、貴様もずいぶんと哀れな……」 「話は済んだか、徐推官」  徐推官の声を遮ったのは、部屋の戸口に立った壮年の男性だった。赤い袍を纏った髭面の偉丈夫は、この耀天府の長官――府尹(ふいん)である孟開(モン・カイ)だ。 「も、孟府尹……!」  徐推官は慌てて拱手し、宇晨も一歩下がって頭を下げた。孟開は後ろで手を組んだまま、閻魔のようだと称される厳めしい顔で二人を見やる。  配下を侮蔑する場面を見られた徐推官の顔色はさすがに悪い。もっとも、理由はそれだけではないだろうが。  孟開は、ぎょろりとした大きな目を徐推官へ向けた。
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