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「例の事件について、黎捕吏の報告を聞きたい。そちらの報告が済んでいれば、彼を私の書室へ」
「は、はい、こちらはもう済んでおりますので……黎捕吏、捕縛の件は後で報告書を出しなさい」
「承知しました」
宇晨は徐推官へ再度礼をした後、戸口にいる孟開の元へ向かう。孟開は無言で背を向けたが、思い出したように顔だけ振り向かせた。
胸を撫で下ろしかけていた徐推官を、孟開の鋭い視線が突き刺す。
「死者への冒涜は恥ずべき行為だ。ましてや、我が師弟への侮辱は聞くに耐えん」
「っ……」
今度こそ血の気を引かせた徐推官が平伏する姿を見ることなく、孟開は回廊を歩き出した。
大柄なうえ、せっかちである孟開の歩みは早い。彼の斜め後ろを早足でついて行きながら、宇晨は小さく謝る。
「……孟府尹、申し訳ございません」
「何のことだ」
「父を庇って頂いたこと、感謝しております。ですが、あまり庇い立てをすれば貴殿のお立場が悪くなるかと……」
宇晨が言い終わる前に辿り着いた書室の前で、孟開はわざとらしく溜息を吐く。
「ふん。まさかお前から、そのような小言を聞くことになるとはな。なるほど、たしかに生意気になったものだ」
はっ、とつまらなそうに笑って扉を押し開き、孟開は書室に入る。続いて室内に入った宇晨の頭に、軽い衝撃が走った。
孟開に頭を小突かれたのだ。
「まったく! お前の他人行儀な態度はむしょうに腹が立つな」
「孟府尹……」
「ああ、ああ、その呼び方もやめよ。孟伯父でいいと言っているだろう」
「ここは役所です。公私の区別はつけるべきかと」
「本当に堅物もいいところだな。……暁宇にそっくりだ」
孟開はやれやれと首を振って、奥にある長椅子に乱暴に腰かける。机に置いていた茶器から二つの椀へ茶を注ぐと、長椅子の空いた隣側を示した。
「報告の前に少しは休め。府尹様の命令だぞ」
不遜に言い放つ孟開に、宇晨は観念して隣に座った。
「宇晨、顔色が悪くないか? ちゃんと食事は取っているのか? お前は相変わらず細いな。ほら、これも食え。好物だろう」
孟開は質問と共に、皿に盛られた干し棗や小ぶりの包子を差し出してくる。その様子はまさに親戚の伯父さんだ。
朝から働きづめだった宇晨が素直に礼を言って干し棗を食べ、茶を飲んでいると、机に肘をついた孟開がしみじみと言う。
「それにしても……成長したものだな、宇晨。昔のお前であれば、今頃、徐推官は目も当てられぬ顔になっていただろうな」
「……」
手に持った椀の水面に映る自分は、徐推官からの侮辱を受けても平静を保っていられる。内心は少なからず荒れているが、波立つ心の水面を鎮められるようになった。
孟開の言葉の通り、昔の直情的で短気な自分であれば、今頃は徐推官の顔を原形が分からなくなるほど殴っていたに違いない――。
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