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そんな宇晨を助けたのが、孟開だった。
孟開と暁宇は、同じ師の下で学んだ師兄弟の間柄であった。
二人は実の兄弟のように仲が良く、孟開は耀天府、暁宇は軍に入った後も、家族ぐるみの付き合いは続いていた。宇晨も幼い頃は孟開を「孟伯父」と呼んで懐き、よく遊んでもらったものだ。
暁宇の事件により、宇晨の士官の道は断たれていた。
恩赦を与えられたとはいえ、罪人の息子である宇晨は、軍に入ることも、官吏を目指すための科挙を受けることも許されなかったのだ。訳ありの宇晨を、孟開は『捕吏』として耀天府に雇ってくれた。
捕吏は都の役所にこそ属するが、実質は正式に認められた役人ではなく、その地位は高くない。府尹や推官などの正式に任命された役人の命令で動く下っ端のような存在で、むしろ低い身分の賤しい職業とされている。
手当は低く、これだけでは家族を養えないと庶民を恐喝したり、賄賂をとる捕吏もいて、まるでゴロツキのようだと周囲からよく思われないこともあった。
さらに、捕吏の職に就いた者の子孫は、たとえ先代が職を辞していたとしても科挙を受けることができない等、厳しく規定されていた。
とはいえ、宇晨はそもそも科挙を受けることができない。捕吏になることに躊躇いはまったく無かったとは言わないが、父から教わった武芸を活かせる職だったから、孟開の誘いに二つ返事で了承した。
もっとも、耀天府に入ってからも宇晨の苦難は続いた。
宇晨の素性は当然周囲に知られており、孟開と親しい関係であることも隠されることは無かったため、当初はかなりやっかみを買った。「罪人の子」「落ちぶれた黎家」と陰でも表でも言われて、我慢がならなくなった宇晨が乱闘を起こしたことは、一度や二度ではない。
幼い頃から父に鍛えられていた宇晨はそこらの大人よりも強く、そして子供だったため加減を知らなかった。いまだに当時の宇晨の恐ろしさを覚えていて、顔を見れば避ける者もいるくらいだ。
宇晨が荒れる度に、一緒に都に残ってくれた祖母の林芳や孟開が宇晨を叱り、厳しく諭しながらも守ってくれた。
やり場のない悔しさや怒りや悲しみを抱えて苦しむ若い宇晨を、二人は辛抱強く支え、導いてくれたのだった。
昔を思い出す度に、宇晨は何とも苦い気持ちになる。
それと同時に、目の前にいる孟開には、言葉で言い尽くせないほどの恩義を抱いてやまない。
「……これもすべて、孟伯父の教えの賜物です」
わざとらしく畏まりながら昔の呼び方をした宇晨に、孟開はぎょろりとした目を見張った。
「なんと生意気な……小晨、お前はいつからそんなに可愛くなくなったのだ!」
孟開もわざとらしく嘆いてみせながら、昔の呼び方をして豪快に笑った。
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