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宇晨達がそちらへ目を向けると、従者を引き連れた公子と、老年の男性が姿を現した。広間に入ってきた立派な身なりの公子に、孟開達は急いで拱手の礼を取って深く頭を下げる。
現れた公子は第四皇子の楊凌であった。皇族の登場に、その場の緊張が高まる。
楊凌は宮中でも評判の美男であり、堂々たる長身に、秀でた額と黒々とした眉が凛々しい。身に纏う深い藍色の衣は上品で、金糸や銀糸の繊細な刺繍が施されており、彼の白い肌によく映える。文武に秀で、特に剣の腕前は武術を指導する将軍達も称賛している、才能溢れる皇子だ。
「殿下。こちらにお越しとは知りませんでした」
孟開が頭を下げながら言うと、皇子らしい気品と風格を備えた彼は鷹揚に手を振った。
「孟府尹、顔を上げよ。そなたらに無理に捜査を命じた手前、私も協力できまいかと思ってこちらへ来た次第だ」
「殿下のご配慮に感謝いたします」
孟開が礼を述べる中、楊凌の視線は彼の隣、宇晨の方へ向けられた。楊凌は目を軽く細めて、宇晨に声を掛ける。
「……久しいな、宇晨」
「殿下、ご無沙汰しております」
頭を下げたままの宇晨に近づいた楊凌は、彼の腕を掴んで顔を上げさせる。
「殿下……」
「宇晨よ。我らの間でそのような礼は不要だと何度言えばわかる。まったく、昔は平気で私におんぶをねだっていたくせに」
まだ宇晨が六つか七つの頃の話を持ち出され、宇晨は思わず顔を赤くした。
宮中に出入りし始めたばかりの宇晨は、怖い物知らずもいいところだった。転んで大泣きしたときに楊凌に負ぶってもらったこともあるし、口喧嘩でむきになって思わず彼に手を出してしまったことだってある。
今思えば礼儀がなっていないどころか、とんだ不敬を働いてばかりだった。過去を恥じて目を伏せる宇晨に、楊凌は「冗談だ」と笑い、宥めるように肩を叩かれた。
「お前の顔が見られて安心したぞ。ここしばらく忙しいようだったからな。元気そうでよかった」
「ご心配おかけして申し訳ございません。殿下も息災のようで何よりです」
「ああ。さて……こちらが例の仙人殿か」
楊凌の視線が、宇晨の少し後ろにいた孤星に向けられる。孤星は臆した様子もなく、美しい拱手の礼を取った。
「お初にお目にかかります、殿下。私は、姓を白、名を孤星と申します。泰山に属し、東岳大帝に仕えておりました」
東岳・泰山は『群山の祖、五岳の中心、天地の心霊の府』とあるように、道士達の中で最も神聖な霊山だ。その地を治めるのは東岳大帝と呼ばれる神で、泰山府君という名でも知られている。
そんな神聖な名を出した孤星に対し、楊凌は「はは、そうか。それはすごい」と軽く流しただけだった。
「そなたは宇晨と共に、奇怪な事件を解決したそうだな。宇晨のお父上の名誉を守るために、此度の事件も解決してくれまいか」
「はい。我が朋友のためにも、精一杯務めて参ります」
「ほお……」
孤星が涼やかな笑みを浮かべて答えれば、楊凌の眉がわずかに動く。小さな動きだったためその場にいた者は気づかなかったが、それは不快さを表すものだった。だが、楊凌はすぐに余裕の笑みを浮かべると、後ろにいた老年の男性を呼んだ。
「李将軍、どうぞこちらへ」
楊凌の斜め後ろに立っていた男が前に進み出てくる。丸衿の袍に身を包んだ彼は拱手をし、言葉少なに「李希文」と名乗る。
彼が、今回の宴の主役であった李将軍だ。
髪や髭には白髪が多く混じるものの、鋭い目や服の上からでも分かる逞しい体躯は、孟開とはまた異なる気迫を漂わせていた。
「李将軍も此度の幽鬼の件を気に掛けて、こちらへ来て下さったのだ」
「此度は私の不用意な発言のせいで、暁宇殿の名誉を汚すような事態になり……誠にすまなかった」
低い声で謝罪する李将軍に、孟開は首を横に振った。
「李将軍のせいではないでしょう。どうか気になされませぬよう。我々がしっかりと調べますゆえ」
孟開の宥める言葉にも、李将軍の表情は蝋を固めたように変わらない。硬い空気が流れる中、赤々とした夕刻の光が広間を照らしていた。
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