第一話 首

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 宇晨の言葉に、孟開は訝しげに太い眉を顰める。 「奇妙なことだな。しかも首をわざわざ持ち去ったとなると、よほどの怨みがあったのか、他の理由があるのか……」 「ひとまず、身元が分かれば犯人の動機も見えるやもしれません」  身元を調べる景引達の聞き込みの結果はまだ出ていないが、あと一つ、大きな手掛かりがある。 「遺体の着物の袂に、妓楼の『華札(はなふだ)』がありました」  宇晨は懐に入れていた布を取り出す。  机の上に乗せて開くと、中から縦三寸(約十センチ)、横一寸(約三センチ)の木の板が現れる。漆塗りの黒い艶のある板には『精華楼』と金色の文字が書かれ、裏には柳と燕の絵が描かれていた。  これは華札といい、ここ数年、都の妓楼で流行しているものだ。  華札を持つ客は、妓楼で特別な待遇を受け、お気に入りの妓女を待たずに呼ぶことができると評判である。妓楼遊びに興じる者達はこぞって通い詰め、華札を手に入れることが彼らの自慢となっていた。また、それぞれの妓楼も趣向を凝らし、美しい彫り物や絵を入れた華札を売りにして客を集めている。  よほどの常連、しかも上客でなければ持てないものだ。また、華札にはお気に入りの妓女を表す印――華印があるので、どの妓女の常連客だったか分かる。  辿れば身元に繋がるだろうし、被害人の詳しい話も聞けるに違いない。  孟開は華札をしげしげと見る。 「ふむ……色好みの者であれば、女の怨みを買っているやもしれん。奇怪な死に方をしたのであれば、幽鬼に祟り殺されたのかもな」 「……」 「どうした宇晨、顔が青いぞ。はは、お前は幼い頃から怖い話が苦手だったものな。夜に厠に行けなくなっては母上を起こして……」 「孟府尹、冗談が過ぎます。人が亡くなっているのですよ」 「そうだな。すまん、許せ」  すぐに非を認め、太い眉を下げて謝る孟開に、宇晨は小さく苦笑交じりの息を吐く。  孟開と二人で話していると、ついつい昔と同じ感覚で接してしまうのが双方の悪い癖だ。いくら気を許せる間柄でも、今は耀天府で働く上司と部下であり、適度な距離を保たねばならない。  ……こう考えていることを知られれば、また『堅物』と称されてしまうのだろうが。  宇晨は気を引き締め、華札を布に包みなおして懐にしまい、立ち上がる。 「日が暮れる前に、精華楼に行って参ります。聞き込みが終わり次第、ご報告を」 「うむ。遅くなるようであれば、報告は明日の朝で良い。他の者にもそう伝えよ」  孟開の言葉に拱手を返し、宇晨は精華楼に向かった。
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