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精華楼は、首都・耀天でも指折りの妓楼である。
三階建ての大きな楼閣は瀟洒な造りで、建物も調度品も洗練された美しさがある。また、美しく芸達者な妓女が揃い、歌や楽や踊り、そして明晰な彼女達との軽妙なやり取りを楽しめる店として知られていた。
精華楼に調べに行くと告げたとき、景引や他の捕吏も一緒に行きたがったが却下した。遊びに行くわけではない。宇晨だけで精華楼に向かい、裏口の門番に捜査の旨を告げると、すぐに中に通された。
宇晨は、何度かここに来たことがあった。
もっとも、妓楼遊びではなく事件の捜査で聞き込みに来ただけだ。
その際、偶々出くわした暴れる酔客を取り押さえたり、嫌がらせをする別の店の男衆を捕まえたりしていたら、女将にたいそう感謝され、なぜか気に入られてしまった。
以来、精華楼は宇晨が担当する捜査に比較的協力的だ。そのために直接自分が来たわけが、今回はどうであろうか。
妓楼での聞き込みでは、経営に関係することもあってか、上客の情報は言い渋られることも多いのだ。
日が暮れる中、大抵の宴は盛りを過ぎ、ご機嫌な酔客達が帰る姿がちらほらと見られる。妓楼は昼過ぎに開店し、美味しい料理や酒、美しい妓女の歌や踊りを楽しむ宴が開かれ、日が暮れればお開きとなるのが常だ。
夜に酒宴を行う場合は、高価な灯りを使用するため料金が通常の倍になる。あちらこちらに下げられた提灯に下女が火を灯しているということは、今日は夜の酒宴が行われるようだ。夜が更ければ、宵闇に浮かぶ赤い提灯が建物を幻想的に照らすことだろう。
美しいとは思うが、自分がそこに入りたいと思わない。一枚の薄衣で隔たれたような光景に目をやっていれば――。
「……っ」
ふと、うなじの産毛が逆立つ感覚がした。
――誰かに見られている。
すばやく周囲に目線をやるが、怪しい人影は見つけられなかった。吹き抜けの回廊の二階部分に鮮やかな衣を纏った妓女達が数人おり、一人の客を囲んで何やら談笑しているのが見えただけだ。
顔見知りの妓女が宇晨に手を振ってきたので、彼女達の視線だったのだろうと結論付けて、軽く目礼をして通り過ぎた。
その時、鳥の囀りのような妓女の声の中に、男の低い声が混ざる。
「今のは誰だい?」
甘やかに響く声の主は、きっと宇晨のことを尋ねたのだろう。
仕方がない。捕吏の装束は、妓楼では良くも悪くも目立つものだ。日常からかけ離れた雅な桃源郷の如き世界に、自分のような捕吏が姿を見せるのは興ざめであろう。自覚してはいるが、これも仕事である。
特に意に介すことなく、宇晨は下男の案内で女将の書室に入った。
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