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雨と彼女 ―五月―
雨は嫌いだった。
思いだしたくないことを、忘れてしまいたいことを──なかったことにしたいあの日のことを、思いだすから。
初めて彼女と会った日、雨が降っていた。
妙に細い、肌にまとわりつくような、絹糸のような雨。
それが、オレの全身を湿らせていた。
白い透明なビニール傘の向こう側。涼しげな目もとの、綺麗な人だった。
容姿がどうこうというよりは……そうだな、もっている雰囲気そのものが。
もちろん、その美貌も、いまどきの女の人にはない、上品さを持ち合わせたものではあったけれど。
「あ、あのっ……」
自然、声をかけていた。救いを求めるように。
どうしたらいいのか、分からなかった。
───腕の中というより、手の平に収まってしまう、この小さな生き物を。
「捨て猫、みたいなんだ……」
投げかけた言葉。けれども、無情にも即座に撥ね付けられた。
「私、飼えないわ」
簡潔に答えを返されて、自嘲的な気分になる。
「そっか……そうだよな……」
なに、期待していたんだろう、オレ。馬鹿みたいだ。
彼女をつつむ優しげな空気に、すがろうとするなんて。名前すら、知らない人なのに。
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