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第一話 始まり
毎日のように鳴り響く悲鳴、
体を燃やし尽くすような日の光、
血の匂い、硝煙の匂い、
それがこの村では常識だった。
食べ物がなければ人から奪い、人を殺したければ人を殺し、寝る場所がなければ死体を枕にする。
まさに弱肉強食、弱ければ生きられない、
強くなければ奪えない、
強くなる、奪う、それがこの村で生き抜くために必要なことなのだ。
「待て、コラァァァァ!!!」
道とも呼べない荒れた黄色の地面が広がる中、一人の男がうんざりするほど大きな声で、どこか焦ったように叫んだ。
銃声が響き、弾はその少年には当たらずにすぐ近くに立っていた少女に当たる。
頭から血が吹き出し、そのまま支えを失った本のように倒れた。
しかし、誰も気にする人はいない。
男とその取り巻きは変わらず少年を追い続け
少年はどこか嬉しそうに逃げ続ける、
その近くにいた人も、遠くから観ていた人も、驚くことなく自分の作業に戻っていた。
もう一発銃声が響く、今度は誰にも当たらず黄色の地面にめり込んだ。
「くそがァァァァァ‼︎」
何度撃っても当たらない、止まらない少年に苛々し、八つ当たりをするかのように怒鳴りつける。
いつのまにか、少年はもう見えなくなっていた。
この町では珍しいことじゃない。
食べ物が無く人から物を取る。他では悪いことかもしれないがこの町ではお咎めなしだ。だが、強くなくては奪えない。だから普通は少年を追っていたような屈強な大男や地位の高い貴族が奪う側に回る。
だが、今回は本来弱者である小さな少年が強者である大男から物を奪っている。奇妙な少年、ありえない状況、
だからこそその少年は恐れられていた。悪魔だとか鬼だとかそんな感じで呼ばれる事もあった。
小さな村の中なのにいろんな宗教があって、その中のいくつかに神敵扱いされたこともあった。
少年はこの村のほとんどの人に恐れられる存在だったのだ。
「ふー疲れたァァァー」
うんざりするほど見た黄色の地面、レンガが無造作に積まれ、今にも崩れ落ちそうな壁、適当に貼り付けたとしか思えないポリエステルの屋根の下、少年は先程世界全体で見ても大きい部類に入るだろう大男から奪った食べ物と水をゆっくりと口に入れていた。
ここが彼の家というわけではない。
この村の中で家を持つということは居場所を教えることと同じなのだ。
だからほとんどの人は家を持たずに外で過ごしたり転々としたりしている。
今日はたまたま水も食べ物も手に入ったが手に入らない時は泥水をすすったり人を食ったりもする。
一日生きるのも文字通り命がけ、それがこの村なのだ。
「ふー食った食ったぁぁ!」
食べる前にいただきます、食べたあとにごちそうさまなんて言う習慣が少年にあるはずもなく口に入れるものがなくなったらすぐに黄色の地面を背に腕を枕にして寝転がる。
彼は村の人々から恐れられているとともに狙われている身でもあるのだ。
不用意に動くのは死の危険もあるので極力外に出ないのが生き残るためのコツでもある。
今日も悲鳴をBGMにして彼は眠りについた。
「おい起きろやァァァ!!」
普通は朝起きる時は小鳥のさえずりや目覚まし時計がBGMになるんだろうが、ここではまさかの至近距離での怒声だった。
宙に浮いている感覚があり目を開けてみると昨日いろいろと奪った大男が俺の胸ぐらを掴んでいた。
「よくも昨日はやってくれたなぁぁぁぁ!」
また超至近距離で図体に見合った大きさで叫ばれた。さすがに耳が聞こえにくくなる。
周りには銃を持っている男が4人、明らかに俺を殺そうとしている布陣だった。
「殺してやる、殺してやるぞぉぉ!!」
昨日のことが癪にさわらなかったのかまたも大きな声を出しながら銃を頭に突き出し、躊躇なく引き金を引いてくる。
しかし、俺もなんの準備もしていなかったわけではない。手は自由に動かせたため、袖からみずぼらしく小さいナイフを素早く引き出し腕に突き刺した。小さいので深くは刺さらなかったが、それでも十分痛いようで弾かれたようにのけぞり銃を落とした。
「野郎ぉぉぉ!」
周りにいる銃を持っている男達が激昂し銃を俺に向けてくる。だが当たるわけには行かない。胸ぐらを離され体が落ちる勢いと地面を手で押す力を利用し男達の中の一人の股を勢いよくくぐる。その結果、銃弾は俺には当たらずにのけぞり声にもならない唸り声をあげている男に当たってしまった。
「クソガキがァァァ!」
あの大男には及ばないにしても大きな声で叫び、もう一度銃を向けてくる。しかし、俺は
ほとんどもうないマッチをつけ、たまたまそこら辺にあった枯れ草にほおることで火をつけ、窓とも言えない壁の隙間から抜け出すことでなんとか撒くことができた。
「痛ぇぇぇ!!」
逃げ出すことができてホッとしたのも束の間、足に銃弾が当たってしまっていたようだ。燃え上がるような痛みに耐えながらなんとか人目につかないところに逃げ込む。
「くそっ……」
俺は生きなければならない。こんなところで死にたくない。この村以外の場所も見てみたい。海も山も見てみたいものがたくさんある。
「いたぞぉぉぉ!!!!」
俺は恨みも買っているし、恐怖ももたてている。俺がこんなに弱っている姿を見ればもちろん俺を殺しに来るだろう。
みんな恐れ、でもどこか安堵した表情で俺に様々な凶器を向けてくる。
俺はやっぱり死ぬのだろうか。
ここまで追い詰められればさっきみたいに逃げ出すことはできない。しかも俺は怪我もしている。
俺が生き残るすべはもうない。
凶器を持った人々がジリジリと詰め寄ってくる。俺は何とかして逃げ出そうともう一本しかないマッチに火をつけ振り回すもすぐに払い落とされた。
もう殺されると思い諦めたように目をつむったとき、
その声は聞こえてきた。
「助けましょうか?」
まるで神のようにその人は俺に問いかけた。
「お前は…誰だ…?」
幻聴かもしれない、答えてくれないかもしれないその声に、俺は意識が飛びそうになりながらも尋ねた。
俺は鳥になりたかった。
上を見上げそこに鳥が飛んでいたらいつも思っていた。このクソみたいな村から運命から早く抜け出したかった。
鳥になれたら俺は自由になれると信じていた。でもなれなかった。
どれだけ神に祈っても、神は俺を鳥にはしてはくれなかった。
「私は鳥籠です。」
でも、あの人ならば、あの神のような人ならば、俺を鳥にしてくれるのかもしれない。
自由にしてくれるかもしれない。
「助けてくれ…」
そう心から吐きだした瞬間、周りの俺を殺そうとしてくる人間はみんな血を流して倒れていた。
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