1.十九才 大学二年生 春

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「恥ずかしいんだ。漢字の書き順が分からなくて。中学一年で戻ってくるまで、アメリカに住んでいたんだ」  知らなかった。  よく考えたらユキのこと、ほとんど知らない。  帰国子女ってもっと押しが強いタイプを想像していた。ユキは静かで余計な自己主張はしない。  かといって群れて馴れ合うタイプにも見えない。 「アメリカの小学校ってどんな勉強をする?」  塩基配列のことよりは理解出来そうだったので尋ねてみた。  ユキの肩に鼻を寄せる。紺色のポロシャツを着た骨張った肩。  ユキはいい匂いがする、とかがりが言っていた。  かいでみるとラベンダーみたいな匂いがする。  ユキはしばらく考えていた。  こういうところ、いいなと思う。  考えてから発言する。ユキの沈黙は俺を不安にさせない。 「Fact or Opinionっていうのは、よく覚えているよ」 「どういう意味?」 「これは事実か、それとも意見か? っていう話し合いなんだ」  例えば、とユキは考え込んだ。 「例えば、太陽は黄色い、これは事実か意見か」  俺もユキの真似をして口元に手を当ててみた。太陽って黄色いのかな。 「太陽は赤じゃないのか?」  ユキがこちらを向く。  ユキは、もし学校の先生になったら、いい先生になるだろうなと思う。生徒に舐められそうだけど。 「欧米では太陽は黄色いってよく表現される。日本では赤だよね」 「じゃあ、太陽の色が黄色か赤か、というのは事実じゃなくて、意見?」  ユキがにっこりする。ふわっとした空気になる。 「そういう話し合いなんだ。例えば、僕は隼のことを綺麗だと思うけれど」  また、自分の肘がずるっと滑った。
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