1.十九才 大学二年生 春

10/12
前へ
/94ページ
次へ
 どこか近くで本のページをめくる音。  カーペットの上を移動する誰かの足音。  ひそひそ話と咳払い。  図書館の中をただよう微細な埃が読書灯の中で揺れる。 「ごめんね」  ユキがふいに目を逸らした。 「時々言われるんだ。僕は、普段しゃべらないのに、いったんしゃべり始めると、その、変わってるって」  変わってる。  でも全然悪い意味じゃない。  ユキを変わり者扱いした奴がいるとしたら、そいつは馬鹿だ。  こんなにも、見返りも無さそうに、素朴に好意を向けてくれる人間は、探しても見付からない。 「ところで、隼は、図書館に何か用があったの?」  黙り込む俺にユキが戸惑う顔をする。   今日は午後からの雷雨で急に練習が中止になって。そこに母親からの電話がかかってきて。  自然に、普段行かない方に足が向いていた。  中央図書館を選んだのは、多分ユキが昼休みに話していたからだ。  放課後はだいたい図書館にいるって。  なんとなくの偶然と気まぐれ。  そう言いかけてから言うのをやめた。 「ユキがいるかなと思って、会いに来た」  素朴に好意を向けてくれる相手に対して、言い訳をする必要は、無い。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加