1.十九才 大学二年生 春

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「来てよかった」  ユキの首に腕を回す。  そんなことを、ごく自然にやってしまっていた。俺は帰国子女でもないのに。  ユキの体温が心地良い。  大丈夫。上手くいってる。母親に向けて放った台詞が自分に返ってくる。  大丈夫。  ユキの腕が俺の肩に回された。 「隼がそう言ってくれると嬉しいよ」  翻訳したようなしゃべり方も悪くない。  むしろ、ずっと聞いていたい。自分も正直な人間になれそうな気がする。  正直になるのは怖い。自分だけで自分に向き合うなんて怖すぎる。 「また、たまに来てもいい?」  ユキなら俺を充電してくれそうな気がする。  母親と話した後の重苦しい気持ちが消えていく。 「もちろんだよ」  ユキがはにかんだように微笑む。  ユキのさらりとした髪が俺の指の中から出ていく。  自主練に向かうことにした。図書館の階段を早足で駆け下りる。  振り仰ぐと、ユキが俺を見下ろしていた。  無遠慮なまでの、好意と関心に満ちた視線。  それを向けられるのは悪くない。  ユキなら。  むしろ、ユキがそんな目で他の者を見るのは許したくない。  一階から手を振ると、ユキが遠慮がちに手を振り返した。
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