2.十九才 大学二年生 春(十八才の回想含む)

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 初めて会った日。とはいえ、俺の方はかがりをその前から知っていた。  顔立ちの綺麗な子だと思っていた。  綺麗だけど地味で自信なさげに振る舞う子だなと思っていた。  かがりは縮こまっているのに目立っていた。  挨拶が出来ない子、という体育学科の学生としては最も不名誉な称号を与えられていた。  ちょうど約一年前。  大学一年生のゴールデンウィーク。  一日がかりのワークショップのような講義に参加したのは、部活練の空き日だったのと、ゴールデンウィークに帰省したくなかったのと、あとは出るだけで簡単に一単位もらえると聞いたから。  その、創作ダンスというおままごとのような名前の講義でかがりと組むことになった。  かがりは最初俺の目を見ることさえ出来なかった。  何かしゃべろうとしては過呼吸のような状態になった。  俺は単位をあきらめて、さっさと帰ってしまうことを考え始めていた。  十五人に満たないくらいの小規模な講義だった。  まわりは友達同士で参加しているのか、にぎやかで楽しげだった。  俺とかがりは五十センチくらいの間隔を開けて、体育館の床に並んで座っていた。 「何の部活なんですか?」  浅い呼吸をくり返した後で、かがりが俺にそう尋ねた。ものすごく入り組んだ回線の向こうから、かろうじて聞こえてくるかのようなささやき声。 「サッカー部」  かがりはパッとこちらを向いた。  手で胸の前に大きめの丸を作った。 「ボール?」  俺が尋ねると、かがりの口元がほころんだ。何度も同じ仕草をする。胸の前に大きめの丸。 「ボールが必要ってこと?」  かがりが勢いよくうなずく。手話の解読をしているみたいな気持ちになってくる。  俺はいったん体育館を出て、私物のサッカーボールを取ってきた。
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