1.十九才 大学二年生 春

2/12
58人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
「お母さん。ごめん。図書館に入るから。もう切るね」  またね、と心にもない言葉を放って通話を終える。  母親からの電話には、五回に一回は出るようにしている。  そうしなければ心配で発狂寸前の母親がワンルームマンションの前まで来てしまう。  こんな、地方都市の陸の孤島みたいな大学に逃げてきた意味がない。  学生証をタッチして自動改札を抜けるかのように、図書館内に入る。  中央図書館には初めて来た。  建物の中心部には吹き抜けがそびえていた。  存外立派な造りをしている。母親に連れられてよく出かけた日本橋のデパートを思い出す。吹き抜けを取り囲むように閲覧席と勉強席がある、ということはユキから聞いて知っていた。  自分は独占欲が強いのだと知らなかった。  かがりに会うまでは。  彼女を腕に閉じ込めるように暮らしながら迎えた大学二年の春。  新年度の授業には、今まで知らなかった人間も入り込んでいるものだ。  グループディスカッションの後にかがりに話しかけているユキを見て、不快に思った。  かがりが花が咲くような笑顔で初対面の男と話をしていたからだ。  その男が幸人(ユキト)と名乗った日から、俺は幸人を、ユキと呼ぶ。そう決めた。    ユキは俺を見て、息が止まったような顔をした。  白い頬に赤みが差した。せわしなくまばたきを繰り返した。  かがりに似ているなと思った。  顔立ちではない。  強いて言えば肌質が似ている。日焼けをしていないきめ細やかな肌。    俺を見る反応の仕方が、かがりに似ていた。  ユキは、眩しいものを見るような、尊いものを見るような目で俺を見た。    ユキの反応は、かがりに似ているのではなく、俺自身が、かがりを見るときの目なのかもしれないとも思った。  かがりの踊りを見るときの、時が止まったような圧倒的な感覚。  奇妙な写し絵のような、あるいは鏡だらけの部屋に迷い込んだような。  三人の視線が交錯して、その一瞬、音が消えた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!