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「お母さん。ごめん。図書館に入るから。もう切るね」
またね、と心にもない言葉を放って通話を終える。
母親からの電話には、五回に一回は出るようにしている。
そうしなければ心配で発狂寸前の母親がワンルームマンションの前まで来てしまう。
こんな、地方都市の陸の孤島みたいな大学に逃げてきた意味がない。
学生証をタッチして自動改札を抜けるかのように、図書館内に入る。
中央図書館には初めて来た。
建物の中心部には吹き抜けがそびえていた。
存外立派な造りをしている。母親に連れられてよく出かけた日本橋のデパートを思い出す。吹き抜けを取り囲むように閲覧席と勉強席がある、ということはユキから聞いて知っていた。
自分は独占欲が強いのだと知らなかった。
かがりに会うまでは。
彼女を腕に閉じ込めるように暮らしながら迎えた大学二年の春。
新年度の授業には、今まで知らなかった人間も入り込んでいるものだ。
グループディスカッションの後にかがりに話しかけているユキを見て、不快に思った。
かがりが花が咲くような笑顔で初対面の男と話をしていたからだ。
その男が幸人と名乗った日から、俺は幸人を、ユキと呼ぶ。そう決めた。
ユキは俺を見て、息が止まったような顔をした。
白い頬に赤みが差した。せわしなくまばたきを繰り返した。
かがりに似ているなと思った。
顔立ちではない。
強いて言えば肌質が似ている。日焼けをしていないきめ細やかな肌。
俺を見る反応の仕方が、かがりに似ていた。
ユキは、眩しいものを見るような、尊いものを見るような目で俺を見た。
ユキの反応は、かがりに似ているのではなく、俺自身が、かがりを見るときの目なのかもしれないとも思った。
かがりの踊りを見るときの、時が止まったような圧倒的な感覚。
奇妙な写し絵のような、あるいは鏡だらけの部屋に迷い込んだような。
三人の視線が交錯して、その一瞬、音が消えた。
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