1.十九才 大学二年生 春

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 図書館の吹き抜けの下に立ち、目当ての人物を探す。階段を上りながら左右に視線を投げる。  誰も自分には視線を向けてこない。  そのことが心地よかった。  ここはサッカーのコートじゃない。グラウンドじゃない。  握りつぶしかけていたスマートフォンをバックパックに突っ込む。  ユキは三階の勉強席にいた。  吹き抜け側を向いて机に座り、何か書き物をしていた。古めかしいデザインの読書灯がユキの顔半分を照らしている。  ユキ、と彼を呼ぶのは、その響きが気に入っているから。線の細い中性的な顔立ちに似合うと思うから。  わざと吹き抜けを回り込んで反対側へ歩いた。  吹き抜けを挟んで対面からユキを眺めることにした。   閲覧席のソファに腰掛けると、向かい側の壁と手すりにひっかかるみたいに、ユキの顔が浮かび上がって見える。  今年も二軍なんでしょう、という母親の言葉を反すうする。  一年生のときはそれでもよかった。  まだ先があると思えた。  二年生になっても、突きつけられているのは、二軍のスタメンか一軍の控えかという事実だけ。  もう先がないように思える。一つ年を取るたびに自分の可能性が狭められていく。  背もたれのないソファの上で、寄っかかることも出来ず、座り直す。  膝の上に肘をつく。  医学部に入れると両親は本気で思っているんだろうか。それこそ裏口入学でもしなければ、絶対無理だ。  数学や理科なんて全く覚えてない。  金が解決してくれるんだろうか。  結局のところ、自分のサッカーの実力だって、両親の経済力に底上げされていただけなんじゃないか、と自虐的に考える。  視線の先にユキがいる。  こちらに気が付きもしない。なんだか悔しい。  ノートに目を落としたままで、ユキのまつげが、時折、読書灯の明かりを反射する。  まつげが金色になったり黒くなったりする。
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