60人が本棚に入れています
本棚に追加
正面にいるユキを眺める。メッセージを送ったのに反応らしきものがない。
「あいつ」
俺は苦笑する。
ユキのせいで母親のことを忘れられそうだ。
ユキは多分、スマートフォンをバッグに入れっぱなしなんだろう。外部と常に繋がっていたいタイプではないらしい。
俺はそのことにも好感を持った。
外部からの承認欲求ばかりの人間は嫌いだ。
立ち上がりかけて、思い直して通話をタップした。
呼び出し音が自分自身に響く。
気付けよ、と五メートルくらいの空間越しに、正面の白い顔に呼びかける。
母親もこんな思いで電話してくるんだろうか。
気が付いてくれるだろうか、出てくれるんだろうか。
ユキがびくっと身体を震わせた。座席の下に頭を突っ込んだ。おそらく足元に荷物があるのだ。
俺は通話を切った。
ユキは時限爆弾を持つみたいな手つきでスマートフォンを持ち上げると、眉をひそめた。
着信とメッセージを確認したらしい。
血の巡る音なんて聞こえないはずだけど。
次の瞬間、ユキの白い顔が耳までひと息に赤く塗り変わった。
風が吹き抜けるみたいに。音がしそうなほど。
首までもが赤い。
その首を巡らせて、ユキがこちらを見た。
やっと見た。
椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がって、机に手をついた。
最初のコメントを投稿しよう!