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白く塗る
例えば、話しかけたときに、眩しそうに目を細めること。
例えば、呼びかけたときに、赤く染まる耳朶。そこに触ってみたいと思ったこと。
かがりに似たさらさらした黒い髪とむきだしのうなじ。男にしては細い首筋。
細い肩は意外と骨張っている。
華奢だけれど女ではない。だから壊れる心配をしなくてもいい。
ピアノを弾く指は細く長く、繊細そうに見える。ユキの指はかがりを傷つけない。奏でるような優しい指遣い。
だから、かがりに触れるのを許す。ユキはためらいがちにそっと触れる。俺にも。
土曜日。午後三時半。
かがりより先にアパートに戻ってきた。ユキが部屋にいることが分かっていたからだ。今日ユキはバイトは午前中だけだと言っていた。
exactly と聞こえてきて、足を止める。台所から部屋につながるドアをそっと開ける。
ユキは窓際の壁にもたれ、ラップトップに向かってしゃべっていた。耳にワイヤレスのイヤホン。床の上に広げられたキャンプテーブル。
ちょっと猫背気味の姿勢。
ユキは歳を取ったら首か腰を痛めそうだなと思う。俺の姿を認めて、ユキは、はにかむように微笑んだ。
キーボードに乗せられた細い指を見やる。
話しながらブラインドタッチで何か打ち込んでいく。
英語を話しているときのユキは歌っているようだ。心地よいリズム。
駄目だ、すぐに必要だ、と言っているらしき会話。
いつになく自己主張するユキの声音と、いつもの優しげな指。
すぐに必要だ、と思う。
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