1.十九才 大学二年生 春

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 一歩一歩、近付く度にユキの顔の赤みが増す。  空きブースから椅子を引っ張ってきて、ユキの隣に腰掛ける。  あまりにユキの顔が赤いので、熱でもあるんじゃないかとおでこに手をあててしまったのは、ほんの出来心。 「ユキ。昼休みぶり」  俺が微笑みかけるとユキが後退ろうとした。  後退る空間がなくて、椅子の背もたれにべったりと張り付く。ユキの薄い身体がさらに薄くなる。  そう。水曜の二限の講義でユキと知り合った。それ以来、講義の後、昼休みは三人で一緒に過ごしている。  ユキとかがりと俺。 「隼に会えてうれしいよ」  何度か唾を飲み込んでから、ユキがやっと言った。 「びっくりしたけど」  やっと顔の赤みが引き始める。 「びっくりしたけど嬉しいよ」  本当みたいに聞こえる。  本当に、俺に会って、それだけで嬉しそうにしやがって。ユキの言葉は裏を読む必要がないみたいに聞こえる。 「俺のこと好きなの?」  顔をのぞきこんで戯れに尋ねてみた。 「好きだよ」  酸欠の鯉みたいな勢いでユキが答えた。  本当みたいに聞こえる。  ボールペンを握りしめているユキの手元を見る。 「これなに?」  A4サイズのノートの上のアルファベットの列を指差す。 「塩基配列だよ」  ずるっと机についていた肘を滑らせてしまった。  なんだっけな。それ。DNA? 「何の塩基配列?」 「ああ、これは大腸菌」  これ以上、尋ねるのはやめよう、と思った。  ノートに目を戻す。  アルファベットは、思いの外、濃い筆圧で堂々と書いてあった。漢字の方はカクカクとして特徴がある。  ユキ自身のように控えめな字を想像していたから、意外だった。 「ユキの字は特徴があるね」  俺の言葉にユキの耳がまた赤くなった。 「日本人は字が綺麗すぎるよね」  俺は首を傾げる。  日本人?
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