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「レモネードやドーナツを売っている店があった。だけど僕はお小遣いを何か特別なことに使いたかった」
ユキは回転木馬に目を留めた。
オルゴールのような小さい可愛らしい回転木馬だったけど、七才のユキにはとても大きく光り輝いて見えた。
「一頭とても美しい馬がいたんだ」
美しい、とユキは表現した。
「たくましくて大きくて内側から光り輝くように見えた。立派な鞍をつけて、誇らしげに前を向いていた。何より目がとても良かった。深い青に光っていて、馬のまつげに光が集まっていた」
遊具の係員はユキに、この馬に乗りたいのかと尋ねた。ユキは首を振った。
ユキは馬の斜め後ろにあるキャリッジを選んで座り、安全ベルトを着けた。
そのキャリッジはまだ馬にまたがることが出来ない二、三才の子が乗るためのものだった。
「ユキはなぜその馬に乗らなかった? その立派な馬が気に入ったんだろ?」
ユキは恥ずかしそうに、眩しいものを見るような目で俺を見返した。
ユキはそのときの心持ちを思い出すように、ぽつぽつと口を開いた。
その馬に触れてはいけないような気がしていたこと。
その馬を見ていたいと思ったこと。
馬の背に乗ってしまったら、その馬の目を見つめることが出来なくなってしまう、と思ったこと。
「ちょうどその時に夕立が降ってきたんだ。めったに雨が降らない土地だったんだけど、いったん降るとスコールみたいになる。みんなそのことを知っていて、一斉に大きなテントや親の車に戻ってしまったんだ。だけど僕は動けなかった」
遊具の係員が雨に無頓着な人間だったのか、無口な東洋人の男の子を放っておくことにしたのか、今となっては分からない。
安全ベルトを着けたままユキは取り残され、回転木馬は回転を始めた。
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