回転木馬で追いかける

2/5

58人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
「レモネードやドーナツを売っている店があった。だけど僕はお小遣いを何か特別なことに使いたかった」  ユキは回転木馬に目を留めた。  オルゴールのような小さい可愛らしい回転木馬だったけど、七才のユキにはとても大きく光り輝いて見えた。 「一頭とても美しい馬がいたんだ」  美しい、とユキは表現した。 「たくましくて大きくて内側から光り輝くように見えた。立派な鞍をつけて、誇らしげに前を向いていた。何より目がとても良かった。深い青に光っていて、馬のまつげに光が集まっていた」  遊具の係員はユキに、この馬に乗りたいのかと尋ねた。ユキは首を振った。  ユキは馬の斜め後ろにあるキャリッジを選んで座り、安全ベルトを着けた。  そのキャリッジはまだ馬にまたがることが出来ない二、三才の子が乗るためのものだった。 「ユキはなぜその馬に乗らなかった? その立派な馬が気に入ったんだろ?」  ユキは恥ずかしそうに、眩しいものを見るような目で俺を見返した。  ユキはそのときの心持ちを思い出すように、ぽつぽつと口を開いた。  その馬に触れてはいけないような気がしていたこと。  その馬を見ていたいと思ったこと。  馬の背に乗ってしまったら、その馬の目を見つめることが出来なくなってしまう、と思ったこと。 「ちょうどその時に夕立が降ってきたんだ。めったに雨が降らない土地だったんだけど、いったん降るとスコールみたいになる。みんなそのことを知っていて、一斉に大きなテントや親の車に戻ってしまったんだ。だけど僕は動けなかった」  遊具の係員が雨に無頓着な人間だったのか、無口な東洋人の男の子を放っておくことにしたのか、今となっては分からない。  安全ベルトを着けたままユキは取り残され、回転木馬は回転を始めた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加