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回転木馬には屋根が付いていたからユキが濡れることはなかった。馬も濡れなかった。
馬は凜々しく前を向いたまま駆け続けていた。上がったり下がったりしながら同じところを回っていた。
「僕はちょっと気の毒にも思ったんだ。こんなに格好いい馬なのに、同じところで上がったり下がったりしなければならないんだ」
俺は考える。
ユキはその馬を見つめていた。
ユキはその馬を、回転木馬から救い出したかったのだろうか。
それとも、ユキはその馬になりたかったのだろうか。
その馬に自分を重ねていたんだろうか。
遊具に取り残された小さな男の子。
外は雨が降っている。
「雨で回りが白く煙っていた。雨が幕みたいに、まっすぐ地表に降り注いでいるんだ。ほんとうに、空の底が抜けてしまってみたいな雨だった。雨に閉ざされて物音も聞こえないんだ。音楽も鳴っていなかったと思う」
熱心に語るときのユキはじっと俺の目を見る。まばたきが減る。
熱烈に口説かれているような気持ちになる。
触れ合った腕からユキの熱が流れ込んでくる。
「僕と馬の二人きりしかこの世にいないような、不思議な気持ちだった。たった一分か二分くらいの出来事だったと思うんだけど、その間に二人だけで違う世界に行ってきたような感じがした」
俺はユキの頭を自分の方に抱き寄せた。
ユキを抱きたいのか抱かれたいのか、時々よく分からなくなる。
どっちでもいいような気がする。
確信を持って思う。
どちらにしてもユキは俺のものなんだ、と思う。
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