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Jingle Bells
そういえば今日は朝から嫌な感じだったのだ。
目覚ましをスルーするのは恒例としても、慌てて出かけようとお気に入りの白のウールコートを手に取った時だ。ふと背中の一部に小さな汚れが目に入った。サビのように赤茶の極々小さな点。ええっ? いつの間に?
時間がなかったことと、今日の寒さに適したアウターがすぐに用意できず、已むを得ずそのコートで出社した。
私の姿なんて誰も気にしないとわかっているものの、追い抜いていく人の視線が背中に突き刺さるようで居心地が悪かった。
「こっちの数字を使って欲しかったんだよね」
そんな朝の嫌な雰囲気を持ち越すように、言葉の棘を突き刺してくるのは、同期の男性社員Eだ。もう名前を思い出すのも鬱陶しい。
Eに頼まれていた資料を取りまとめて提出したのだけど、その出来栄えが思っていたのと違ったらしい。
こっちの資料ってなんやねん? そんなの渡してへんやんけ。とそんな風に言えたらどんなに良いか。
「まあ時間ないから、これでいいよ」
「あ、うん」
しかも、使うんかい!
こういう輩は、決まって雨の日にうしろの人にぶっ刺すような傘の持ち方をしてるに違いない。見たわけじゃないけど、断言できる。この傘テロリストめが。
別にこちらも完璧なものを用意したという自負があるわけでもない。けど、否定の言葉よりまずお礼を言うべきだと思うんだよね。
男性社員が全てということはないけど、女性を下に見る傾向があるのはいかがなものか。いや、全くフラットに見てる人は皆無なんじゃねぇのか? SDGsどこ行ってん?
うちの会社は女性の管理職もいてまだマシなのかも知れんけど、なにかと自分を上に見せたいヤツが多すぎる。
気を取り直して仕事しよ。
そう思って自席に戻ると、新着のチャットの通知が。もう担当を外れた案件の問い合わせだった。
こんにゃろ、便利屋かなにかと勘違いしてんじゃないか?
何かと舞い込んでくる仕事に追われていたら、いつの間にか定時を大きく回っていた。コートを着て、肩にかけた鞄でなんとなく背中の汚れを隠すようにして会社を出ると、外は妙に賑やかだった。
「ああ、クリスマスか……」
知らなかったというより気にしてなかったけど、今日は十二月二十五日。クリスマスだ。
会社が入っているビルが商業施設の一角にあって、大きめのクリスマスツリーがビル横の広場でライトアップされていた。カップルやら女性グループがイルミネーションを背景にシャッターを切りまくっている。
LEDの明かりが色とりどりに切り替わって綺麗だったが、意地でもカメラを向けてやるもんか。
人混みの中を駅に向かって歩く。
ちょうどこのツリーをめがけて人が集まっているみたいで、いつもは風を切るように颯爽と歩く通りも、のろのろとした混みっぷり。駅に着いて時計を見ると、いつもの倍以上の時間がかかっていた。
面倒だし、もうサバ缶でも開けて夜ご飯にしようかなぁ。そんな風に考えてながら帰宅していると、近所のコンビニの入り口に「クリスマスチキン」のポップがキラキラと光っていた。
独り身で寂しいのはもはや逃れようも無いが、チキンくらいは食べておくべきか? この時間からケーキというのは罪悪感があるが、チキンくらいはねぇ。
コンビニに入ると、外気が遮断されて明るく暖かかった。そしてレジ横を通って、お目当てのチキンをチラ見してみたのだけど、なんというかショボかった。時間が経ちすぎたのか、カサカサでやせっぽっちになっているのだ。
コンビニの名誉のために言っておくと、チキンが悪いのではない。オペレーションが悪いのだ。たぶん作ったやつも傘テロに違いない。
流石にこのショボチキを食べたらますます気持ちがしょんぼりしそうなので、少し悩んでサラダチキンをカゴに放り込んだ。あとは缶ビールを二本。
コンビニを出ると冷たい風が吹き付けてきたが、手提げ袋で揺れるチキンをどうやって食べようかと考えると自然と足が前に出た。
帰宅して熱めのシャワーを浴びて身体を暖めるとやっと一息ついた心地がした。髪にタオルを巻き付けて野菜室をのぞく。うん、この辺でいいな。
レタス、きゅうり、トマト。あ、玉子もゆで卵にするか。百均で買ったレンジで作るゆで卵グッズに三つセット。一つは明日のランチ用だ。
サラダチキンはサイコロ状にカットする。
すべての具材をボウルで軽く混ぜ合わせ、そこに万能のごまドレッシングをかけると、なかなか彩りのよいチキンサラダが顕現あそばした。
「うん、ええやん、ええやん」
一瞬、今朝からの嫌なことが脳裏に過ぎったが、缶ビールをプシュッと開けて思考から追い出す。コントロールできないことを抱え込んでも仕方がないのだ。
サラダを見栄えのしそうな大きめの白い皿に入れてスマホで撮影する。角度を変えて何枚か。さてと。
「うまっ」
ただ混ぜ合わせただけの割にはクオリティが高い。チキンが入っているのでそれだけで少しいつもより豪華なサラダ。ショボいチキンを見限った私の勝利だった。
日記というかエッセイのようなものをいつものようにさらっと書いて、投稿サイトに公開する。この写真も付けておこう。
他の人の投稿も読んでおくかな。
サラダとビールを楽しみながら、お気に入り作家さんのエッセイや小説を拾い読みしていると、ピコン、ピコンとスマホの通知がなった。
時間は少し日付を超えていた。
遅れてきた鈴の音は、いつものように私に元気をくれる。
了
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