くノ一

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くノ一

「授業中にお化粧をしている人がいるんですけど、どういう魂胆なのかしらァ?」  龍宮寺姫香は上から目線でくノ一の咲耶を告発した。  少しふて腐れた表情で咲耶を睨んだ。よほど咲耶をライバル視しているのだろう。張り詰めたような緊張感が伝わってきた。 「えッ、はァ、そうですね」  ボクは苦笑いを浮かべ、かすかにうなずいた。  確かにさっきから咲耶が化粧を直している事は知っていた。  だが注意するのを躊躇していた。おそらく注意しても余計、事態が悪化するだけだろう。けれども生徒たちの手前、このまま黙っているワケにもいかないみたいだ。 「あのォ、咲耶(サク)ちゃん?」  ボクは(おそ)(おそ)る咲耶に声をかけてみた。  機嫌を損ねると手裏剣やクサリ鎌の分銅が飛んでくるので用心しなければならない。 「フフゥン、何かしら、爺や?」  相変わらずボクの方を見ず丹念に化粧直しをしていた。 「いや、あのボクは爺やじゃありませんが。いったい授業中に何をしているんですか」  ボクは新任の二十二歳の教師だ。爺やと呼ばれるような年齢ではない。 「ああァら、見てわからないのかしら。戦闘用意よ。フフゥン」  彼女は不敵に笑みを浮かべた。 「えェッ、戦闘用意ですか?」なんだ。それは。  どこからどう見ても化粧直しじゃないのか。 「まさか、この咲耶に受験戦争という過酷な戦場へ丸腰(まるごし)で立ち向かえって言う気なの。爺やは?」 「いやいや、爺やじゃないですけど。ここは小学校の教室ですよ。そんな危険な戦場ではないですし、だいいち化粧直しが戦闘準備になんの関係あるんですか」 「フフゥン、おバカさんね。爺やは。女子に取ってお化粧は、いわば戦闘服なのよ。化粧を乱した女子は命取りになるの。おわかりかしら?」 「いやいや、だってここは小学校ですよ。誰もお化粧なんかしてませんよ」 「良いこと。誰ひとりやらないことを率先してやるのが、忍ばない! 甲賀のくノ一、咲耶のモットーなの。覚えてらっしゃい。爺や」  咲耶は、遠慮する素振りさえ見せない。 「ううゥ……、あのですねえェ」  ボクは何も反論できない。  ああ言えばこう言う。まったく口の減らないくノ一だ。
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