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その後、華子だけがカフェに出勤した。 陸は、事務所で打ち合わせがあるようで、 華子を車から降ろすと、事務所へ向かった。 今日のシフトは、パートの野村と、 この日初めて会う豊田睦子(とよたむつこ)と一緒だった。 睦子は本来は土日限定のパートだったが、 今週の土曜日は親戚の法事の予定があり休みをもらったので、 その代わりに平日の今日出勤するようだ。 睦子は、華子が想像していた年代とは違い、 70代の女性だった。 睦子はシルバーショートヘアの細身の女性で、 白シャツに黒のパンツ、洒落た眼鏡をかけた、年齢よりもかなり若く見える女性だった。 『えっ? 睦子さんて、こんなに高齢の方だったの?』 華子は会った瞬間驚いていた。 カフェスタッフで、70代の女性を見たのは初めてだったからだ。 それに気づいた睦子は、 「びっくりしたでしょう? こんなおばあちゃんがカフェで働いているんですものね...」 そう言って笑った。 「いえ...私が勝手に同年代くらいの方かなって思っていただけで...すみません...」 「いえいえいいいのよ。皆さん最初は私を見て驚くから! でもね、こう見えても中身は乙女なのよ! だから恋バナもOKよ! どうぞよろしくね!」 睦子はそう言ってウィンクをした。 『なんてチャーミングな女性だろう!』 華子はそう思いながら、笑顔で返した。 「こちらこそ、よろしくお願いします」 それからは、野村と睦子と華子の三人で、 和気あいあいと開店準備を始めた。 睦子の性格は、とても大らかで優しい。 人生経験が豊富な女性は、全てに優しさが溢れ、包容力に満ちている。 このくらいの年齢だと、上から目線で威張る女性も多いのに、 睦子はそういう人達とは真逆だった。 『なんだ...また変な人だったらどうしようって心配して損しちゃったわ』 華子は胸の内でそう呟くと、元気に仕事を開始した。 この日は、穏やかな一日だった。 昼時は、一時的に混雑したが、 それ以外は、店内も静かで、のんびりとした時間が過ぎていく。 客足が途絶えている間は、 バックヤードでお喋りに花が咲いた。 睦子は元々はキャビンアテンダントをしていたらしい。 だから接客がとても丁寧なのだ。 睦子はその後、パイロットをしていた夫と結婚をし、 五年前までは仲睦まじく連れ添っていた。 しかし、五年前に夫が他界した。 仲の良い夫婦だったので、睦子は夫の死後数年引きこもり状態になる。 そして、一昨年くらいからこのカフェに通うようになり、 その時、店にパートに欠員が出た事を知り、陸に直談判。 陸はすぐに面接をしてくれて、即採用が決まった。 「社長の陸さんは、年齢で人を判断しないから有難かったわ。それにね、面接した時にこう言ってくれたのよ。『元気に生き生きと働いていた方が、亡くなったご主人も安心するんじゃないですか』ってね。それを聞いてジーンと来ちゃったわ」 華子はその話を聞いて、 『陸もなかなかやるじゃない!』 と密かに思った。
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