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パン屋から出た圭佑は、何げなく男と、真言の横を、通り過ぎようとした。
「…じゃあ、そのデータを俺に送っておけよ」
「…わかりました」
しかたなくといった感じて、真言がそう言っているのが聞こえた
圭佑は黙っていられなくなった
「真言君、おいしいパンがあるから、ウチの店で朝食にしよう」
そう言うと、真言の手をとって、その男から遠ざけた。
腕をつかまれた真言は意味が分からずおずおずとついてきた
「圭佑さん、いいんですか?」
「いいよ」
昨日、告白をしたばかりなのに、真言は言葉の意味が伝わっているのか、
測りかねてとまどった。
「真言君の写真は、君の大切な作品だろ」
圭佑は西沢時計店の扉を開けて、真言を招き入れた。
西沢時計店の開店時間までは、もう少し時間がある。
「そんなに簡単に、誰かに渡す約束をするなんて、もっと自分の作品を大切にするべきだ」
何やら怒りながら、圭佑はコーヒーをいれる、作業を始めた。
その後ろ姿を見ながら、きょとんとしていた真言は、ふと思い当たり、顔がにやけそうになるのを、必死でこらえ、慌てて、手で頬っぺたを下げた。
真言のその様子に、気が付かないまま、コーヒーカップをもった圭佑が振り返った。
「何、ニヤニヤしてるんだよ」
「…… 俺のために怒ってくれてるんですよね」
「別に怒ってなんか…。可愛い女の子に囲まれてヘラヘラしてるから」
「見てたんですか」
「見えただけだよ」
「圭佑さんの方が魅力的です」
コーヒー豆が、ミルに入らず、バラバラと落ちた。
「そんなことっ…なに言ってるんだっ」
圭佑は、慌てて豆を拾い、ミルに入れた。
そして豆を挽くのに集中しているふりをした
「圭佑さん」
「…なに」
「パンなに買ったんですか?
一緒に朝ごはん食べていいんですか?
昨日は結局、コーヒー飲みそびれちゃって、もったいないことしたなぁって思ってたんです
…… 圭佑さん」
「…… なぁに? 」
「明日も来ていいですか」
「…… いいよ」
「圭佑さん」
「…… なぁに? 」
「なんでもありません」
真言は、カウンターに座ると頬杖をついて、圭佑を見つめていた。
その視線を感じると、圭佑はもう顔をあげられなかった……。
圭佑は、店に飾ってある、赤いベルトの時計を真言にさしだした。
「コレ…」
真言は、差し出された、ソレを受け取った。
「真言君のおいて行った腕時計、しばらく預かるから
コレを使っておいて」
「え? 」
「メンテナンスしてあげるよ」
「ありがとうございます」
受け取った時計は、ベルトと文字盤が、深みのある赤で、
ケースとりゅうずがメタリックな黒。
『6』の数字上に、歯車が見えていた。
「俺、赤色好きなんです、
この歯車が見えてるのもカッコイイですね」
「秒針を、動かしている歯車だよ、心臓と同じ速さだよ」
「心臓…」
「そう、ドキドキとね
…… いや、人によるけどね」
今、きっと大切なことを聞いたと思った。
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