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「 ……さん、……さん、圭佑さん!」
誰かが呼ぶ声に、意識がぽっかり浮き上がった。
目を開けると、真言が心配そうにのぞき込んでいた。
「どうしたんですか? 倒れたんですか? なにがあったんですか」
「あ…いや」
圭佑は、起き上がろうとして、真言に止められた。
圭佑の、頭の下にクッションが敷かれ、息がしやすいように、Yシャツの二番目のボタンまで外されていた。
真言の顔が少し青ざめている気がして、とりあえず謝った
「ごめん」
「それじゃわかりません、なにがあったんですか?」
圭佑が手を伸ばすと、真言はその手を掴んで、ゆっくりと起きるのを手伝った。
圭佑の腕をつかんでいる、真言の手が、震えていた
「時計…」
ゆっくりと起き上がった圭佑は、あたりをキョロキョロと探した
「アーモンド型の腕時計なら、机の上にあります」
真言は、時計の方を見ながら、そう圭佑に答えた
「そう、それ…机の右の引き出しにしまって、カギをかけてくれる」
真言は、立ちあがって、時計を取ると、圭佑に言われた通りに、時計をしまった。
真言は、鍵をかけ終わると、圭佑の傍に、膝をついた。
なんだか、怖かった、このまま圭佑が、どこかに行ってしまうのでは
ないかと思った。
圭佑と離れてしまうのが、怖かった、どうしてももう少し一緒に居たかった。
「今日はもう、店を閉めて。俺の写真館にきませんか」
「うん…」
真言に誘われるままに、頷いた。
西沢時計店のカギを閉めると、二人は連れ立って歩き始めた。
いつもの町は、息をひそめるように、しんとしていた。
真言は、写真館を開けると、手探りで壁のスイッチを探して、明りをつけた。
殺風景な空間に、懐かしいにおいがした
「何もなくって…… ソファーに座って下さい、腹減ってませんか何か作りますね」
写真館は寒くてシーンと音が聞こえてきそうだった、
真言は、写真館にたった一つだけある、石油ストーブをつけて、水をいれたヤカンを上に置いた。
テーブルの上にある、卓上コンロになべをのせ、小さな冷蔵庫から、カット野菜と、うどんを取り出して、鍋焼きうどんを作り始めた。
圭佑は黙って、真言の様子をぼんやりと見ていた。
「あのさ……」
まだ、寒い部屋の中で、圭佑の声が、ホワリと白く吐き出された。
「…はい」
鍋の中を睨みつけたまま、真言が相槌をうつ。
「誰かに、言ったことないんだけど……」
「…うん]
「俺、時計に触ると…時計におこったことが見えるんだ」
「うん…… 」
真言は、驚きもせずに、静かに頷いた。
圭佑は、真言の様子を、注意深く、観察しながら、話し続けた
「音の無い、動画を逆回転で見てるみたいに、近い過去におこったことから、遠い過去にさかのぼるんだ」
「うん」
「だから、時計がこわれたら、こわれた原因から見えるんだ」
「うん」
「さっきの時計は…… 」
「うん」
圭佑は言葉につまってうつむいた、真言は圭佑の近くに、座り直して、背中を優しくなでた。
「…圭佑さん、俺、圭佑さんといられるだけで楽しいんです。
今、少しぐらい待っても、どおってことないんです。
一緒に居られて、うれしいだけです。
ゆっくり、話しましょう。大丈夫、全部聞きますよ」
真言は、うつむいたままの圭佑をのぞき込んだ。
「もうすぐ出来ますよ」
そう言って、もう一度、背中を撫でた。
真言は、出来上がったうどんを、丼に盛って、仕上げ、圭佑の前に置いた。
「温かいうちに食べてくださいね」
頷いて、ゆっくと食べ始めた圭佑だったが、半分も食べないうちに、はしをおいた。
「もう、いいんですか?」
「うん、ごめん残してしまって…… 」
「大丈夫ですよ」
真言は、毛布を持って来て、圭佑に掛け、そのまま隣に座った。
ストーブ一つでは、とても写真館は温まらない。
「俺、子供の頃、母親に捨てられたんだ」
両手を祈るように握りしめて、圭佑が話し始めた。
真言は、毛布で包んだ圭佑を、毛布毎抱きしめる。
「あの時計に触ったときに、見えたんだ。
ずいぶん時間がたっているけど、あれは俺の母だ」
圭佑は、顔をあげると、真言にしっかりと聞こえるように、そう言った。
怒っているような、泣き出しそうな顔が、可愛そうで、真言は、圭佑の頬をそっと撫でた。
圭佑は、祈っていた手をほどいて、真言にしがみついた。
「でも、きっとあの子のお母さんで…」
言葉がつまってそれ以上続けられなかった。
真言は子供にするように、圭佑の背中を抱いて、優しくなでた、その手が暖かいので、涙が流れてしまう。
後から、後から、流れてくる涙は止められず、真言の肩を濡らした、こらえていた長い時間分の涙が、すべて流れてしまうようだった。
泣きながら、圭佑は疲れて寝てしまった。
真言は、圭佑の体をゆっくりと
横にすると、ありったけの毛布や、上着、布団を掛けて、ストーブを近づけ、温めた。
圭佑がこれ以上、寒さで、震えないように。
悲しい思いをしないように。
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