サイフォンコーヒー

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サイフォンコーヒー

「真言君、ちょっとお願いがあるんだ…」 二人っきりになった店の中で、圭佑が遠慮がちに話し出した。 「きっと、真言君がいてくれたら、できると思うんだ」 圭佑の握りしめた手が、少し震えていた。 「あの時計の記憶を見てみようと思うんだ」 真言は驚いて、圭佑を見つめた。 「…でも、きっと、圭佑さんにとって、辛い事が…」 「うん、わかってる。でも…知りたいんだ」 圭佑は目を伏せて、口を引き結んだ。 「…いいですよ、そばに居ます」 真言は左手で口を押えた、あのいつもの癖だ。  店に飾られた掛け時計の、振り子の音が、急に大きく聞こえた気がした。  その晩、真言は圭佑のマンションにやって来た。 二人はソファに座り、真言があの時計を手の平に乗せ、真言の右側に座っている圭佑に差し出した。 「何が見えたか、言って下さい」 「え?」 意外なことを言われて、圭佑は戸惑った。 「俺には、見えないから…教えてください」 「わかった」 真言の手に、圭佑の手をのせて、目を閉じる 真言は静かに息をのんだ。 「俺の店の前に、しおりさんが立ってる、店の前でしばらく、迷っていたみたい」 圭佑の声は静かに部屋に響いていた、ただ見えるものを, ありのままに話した。 「電車に乗って、しおりさんは浮かない顔をしてる。 家の、何かの箱から時計を取り出したんだ。 あぁ、母さんだ…母さんが泣いてる。 又、箱の中だ、長い時間時計はしまわれていたみたいだ …じいちゃんの葬式だ、遠くから見舞ってくれる、俺がいる…礼服を着て、弔問客に挨拶してる…… あっ……」 圭佑は急に手を離した。 「どうしたの、何かッ…… 」 「いや、俺の事…… たまに見に来てくれてたみたい お守りみたいに、この時計を握りしめて。 大学受験の朝とか、高校卒業するときとか…… じいちゃんの葬式も、来てくれてたんだ…… 知らなかった」 真言は、テーブルに時計を置いて立ち上がった 「真言君?」 「…… コーヒーいれませんか? 俺、実はコーヒー豆挽くのやってみたくて。 圭佑さんが、一杯分づつ豆挽くの、かっこいいなぁって、思っていたんです」  
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