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涙の止まらないしおりに、真言がハンカチをさしだした。
「座って、待っていてください」
真言が、ソファをすすめると、しおりはソファーに座り、時計をテーブルの上に置いた。
しばらくすると、慌てたような様子で、三和子がやってきた。
「すみません、三和子さん」
「いいや、これが年寄りの役目ってもんさ」
圭佑と少し話をした後、三和子は静かに、しおりの向かい側に座った。
「…じゃあ、俺はこれで」
様子をじっとうかがっていた、真言が出ていこうとすると、圭佑が腕を取って止めた。
「真言君も、ここにいてよ」
「…… いいんですか? 」
圭佑がゆっくりとうなずき、二人はカウンターの椅子に並んで座った。
しおりは、二人の様子を恋人同士のようだと思った。
「貴女が、足羽川しおりさんだね」
しおりの顔をじっと見て、三和子が声を掛けた。
「はい」
「私は、麻積三和子といいます、あの頃のことを、まあまあ知っている大人です」
三和子は頭を下げた、しおりもつられて頭を下げる。
「私の考えを言わせてもらえば、貴方はこの話を、お母さんから聞くべきだよ」
三和子は言葉を切って、祈るように両手を組んだ。
後ろに座っている、圭佑を少し振り向いて、様子を伺ったようだった。
「あたしはね、あの子に話す言葉しか持っていないんだよ、
貴女が聞くには、耳障りなことが多すぎると思うんだ」
「私が聞きたくないような真実があるのは、何となくわかります…正直に言えば、怖いんです! 」
しおりは、自分をぎゅっと抱きしめた、そうしていないと、震えてしまう。
「お母さんが…… 好きだから、嫌いになりたくないから
…… 西沢さんから教えてもらおうと思って
西沢さんから聞いた方が、お母さんから聞くより、
ずっと楽な気がしたんです」
しおりは顔を真っ赤にして、唇をかみしめて、泣くのをこらえていた
三和子はあきれたように言った
「ここで聞いた話なら、平気な顔で、知らないふりで家に帰れると思ったのかい? 」
「はい…… そうです、身勝手で、恥ずかしいです」
三和子は、圭佑を振り返った。
三和子の顔を見て、何かをさっした真言が、圭佑の耳をふさいだ。
耳をふさがれた圭佑は、耳をふさぐ手のひらから、真言の緊張が聞こえる気がした。
真言の顔をまっすぐに見る、慈しむような、気遣うようなその顔から
目が離せなくなった。
その様子を確認した三和子が、しおりに向き直った。
「しおりさん、貴女を守るために、みずえさんは戦ったんだ。
貴女を守るために、この町から1人で出て行った。
大切な息子を置いて、身を引き裂かれるような思いで。
一人で行ったんだ、自信を持って、お母さんに聞いてごらん
納得できるまで、とことん聞くんだ。
きっと、教えてくれるよ、みずえさんは覚悟しているはずさ」
三和子に、諭されるようにそう言われて、しおりはゆっくりと、圭佑を見た。
「大切な息子って、西沢さんですか?」
「そうだよ、あの子が今まで、どのくらい、傷ついてきたかわかるかい?
あの子に、その真実を問いただすことが、どれほど残酷が、わかるかい?」
しおりは、圭佑を見て、三和子を見た。
震える肩が、後悔で一回り小さくなった、うつむいた顔に、髪がかかり、しおりの表情は見えなくなった。
細くとがった顎に、涙が伝った。
「ごめんなさい、自分の事だけで、いっぱいで…」
「知らなかったんだろ、でも、想像しなくてはいけないね。
人間は、想像できる生き物なんだ」
話し終えると三和子は、圭佑と真言を振り返った。
真言はゆっくりと、圭佑の耳から手を離し、しおりの近くまで大股で近づいた。
テーブルに置かれたアーモンド型の時計をしおりに手渡し、しっかり握らせた。
「難しいことを言うね、君の業は、君が背負うしかないんだ」
真言は、少し怒っているような、強い口調で話し出した。
「そうやってみんな生きてるから。
辛かったら休んでいい、立ち止まっても、しゃがんでもいい…でも、誰も代われない、自分で折り合いをつけて、決着をつけるしかない。
…… 君はきっとできる、しなければいけないんだ」
真言の言葉に、小さく頷くと、しおりは立ち上がって、三和子に頭を下げた。
圭佑の前に立つと、そこでも深々と頭を下げた
「ごめんなさい」
そういうと、しおりはグイっと涙を拭いた。
そして、店から出て行った。
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