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圭佑は、いつものように、あさひ屋でパンを買って店の外に出ると、そこに真言が立っていた。
「おはよう、圭佑さん」
「おはよう、早いね」
「うん、待ってた」
「待ってたの?」
圭佑と、真言は連れ立って、西沢時計店まで歩いた。
「昨日の事、思い出して……横になって、天井を見ていて思い出して、
圭佑さんが恋人になってくれたのは、夢じゃなかったかなぁと思って、心配になって早く会って確かめたくて。
圭佑さんが来るの、待ってた」
独り言のように話す真言を、圭佑は優しく見ていた。
「夢じゃないよ」
「うん」
真言は嬉しそうに、甘いお菓子を食べたときのような顔をした。
「真言君、コーヒーいれて」
圭佑にそう言われて、真言は、圭佑と並んでカウンターにはいると、ケトルを火にかけて、コーヒー豆をミルに入れた。
いつも熱心に、圭佑の作業を見ているので、どこに何があるのか、どうやって入れるのか、しっかり覚えてしまっている。
圭佑はいつも自分がつけている、カフェエプロンを、後ろから手をまわして
真言につけさせた。
豆を挽いている真言は、されるがままに、なっている。
「似合うね、かっこいい」
圭佑にそう言われて、真言ははにかんだ。
「圭佑さんの方が、にあいますよ」
ドリッパーにフィルターをセットして、サーバーの上に乗せると、今引いた豆を入れて、ケトルでゆっくりと湯を注いだ。
「「いい香り」」
二人は顔を見合わせて笑いあった。
二人分のコーヒーを入れて、バケットに、レタスとハムをはさんだ。
並んでカウンターに座ると、手を合わせた。
「「いただきます」」
圭佑と真言は、他愛のない話をしながら、朝食を食べた。
いつものように楽しく、いつも以上に美味しかった。
「あっそうだ、俺、今日から二、三日、東京に行ってきます」
他愛もない、話の途中で、真言がそう言ったので、圭佑はキョトンと真言を見た。
「スタジオでの仕事で、昔お世話になった人が、俺の噂を聞いて、心配してくれて、仕事をまわしてくれたんだ」
真言は、楽しそうに話しながら、コーヒーを一口飲だ。
「そうなんだ、仕事頑張ってね」
「うん」
「そうだ、帰ったら一緒にごはんたべよ」
圭佑は、少し不安になった、東京で仕事が増えたら、もう、ココには戻ってこないかもしれない。
「やったぁ! 仕事が終わったら電話するね、楽しみだなぁ」
真言は、圭佑の表情が少し暗くなった事には気がつかず、一緒に食事をする楽しみだけを、素直に口にした。
「じゃぁ、行ってきます」
朝食を『西沢時計店』で食べた真言は、リュックを背負うと、赤い時計をした左手を振って、出かけて行った。
「おや?何かいいことがあったのかい?」
三和子はニヤニヤ笑って、カウンターに座った。
圭佑は見透かされそうで、三和子から視線をはずして、作業に没頭しているふりをした。
「…… 昨日は、ありがとうございました」
三和子に動揺を悟られないように、そちらを見ないようにしながら、圭佑は、昨日の礼を三和子に言った。
「いいや、私も、みずえさんを誤解していたよ、圭佑の話を聞けて良かった
…公佑にも、教えてあげたいよ……
まぁ、公佑は知っていたかもしれないね」
公佑というのは、圭佑の祖父の事だ。
三和子は懐かしそうに、壁に掛けられた時計をぐるりと見渡した。
「しおりさん、うまく話せたでしょうか」
「どうかねぇ、女同士はむずかしいもんだからねぇ」
「そうなんですか?」
驚いて顔をあげた圭佑に、三和子は、あわてて口をおさえて
『口を滑らせた』といった風を装った。
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