赤い胸のツバメ

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赤い胸のツバメ

 西沢時計店のドアにつけられたベルが、軽やかになって来客を知らせた   客は、町役場の広報課の吉川(よしかわ)だった。 吉川は、若い男女を連れていた。 「いらっしゃいませ」 「こんにちわ 圭佑さん。 町役場のホームページに、冬ならではの町の良さをのせるコーナーを作るんです。 その手伝いをしてくれる、記者の岡田(おかだ)かおりさん」 明るい色の髪を一つに束ねた岡田かおりはペコリと頭を下げた 「そして、こちらはカメラマンの園部真言(そのべまこと)さんです」 真言はびっくりした顔で、しばらく圭佑を見ていた。 吉川が、不思議そうに見上げると、はっと我に返って慌てて頭を下げた。 「商店街の取材にも来ると思うので、今日は顔見せでまわっています、 ここに来れば青年団のみなさんにも紹介できるとおもったんですが、元宮(もとみや)さんたち来てないみたいですね」 圭佑と元宮は同級生で、その縁もあってか、西沢時計店には、青年団のメンバーがよくやってくる 元宮央生(もとみやおうき)は消防士で、青年団の団長も務めていた。 「そうですね、そろそろいらっしゃるころかと思いますが…」 圭佑は、店の扉を見たが、まだ誰の気配も無かった。  吉川さんは「ちょっと休憩」というと、カウンターに座り、 二人にも椅子を勧めるとコーヒーを注文した。  圭佑は、コーヒー豆をミルで挽きながら、吉川さんの話を聞いていた。 「…それで、パン屋の『あさひ屋』の前の小路を入ったところに 古い写真店で元々『石田写真店(いしだしゃしんてん)』だったところが、あるじゃないですか。 そこで、しばらく真言君が寝泊まりします、 不審者じゃないですよ」 「あれ?あそこ、お店を閉めてずいぶん経ちますが、生活できるんですか?」 「それが、電気と水道は通せたんですけど、ガスがないんです。 不便だと思うので、気にかけてもらえると助かります」 吉川さんは、ぺこりと頭を下げた 「キャンプするみたいに暮らします、近くに温泉もあるし、 何とかなります、住むところまでお世話になってすみません」 吉川さんは『キャンプ』を想像したのかワクワクした顔をした。 「このお店は、どのくらい、やってるんですか? 」 かおりはさっそく取材をはじめた。 「ここは、三年ほど前に改装して始めました 夏はずっとやっていますが、冬は平日しかあけていないんです」 「圭佑さんは、スキー場でインストラクターもやってるんだよ」 吉川さんが、ここぞとばかりに話し出した。 「いいでしょー、こんなイケメンがスキー教えてくれるんだよ」 「確かに、いい記事になります」 かおりは、なにやら、メモを取り始めた。 取材が終わり、三人が出て行った扉を、圭佑はしばらく見ていた。 園部真言(そのべまこと)…… 彼に会うのは初めてではなかった。 でも、彼が憶えているか自信がなかったので そのことにふれられなかった。  久しぶりに見た彼は、あの頃と同じだった。
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