前の会社の同期の伊達くん

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『久しぶりに会いたいんだけど、時間あるかな?』 前の会社の同期の伊達くんからこんなメールが届いた。 『急にどうした?』 『実は気になってる人にラブレターみたいなものを書いたんだけど、阿部に読んでほしくて。感想くれたらありがたい』 ラブレターみたいなもの? 『なんで俺なの?』 『阿部は今編集者なんだろ?』 『一応そうだな』 『だから会いたいんだ』 伊達くんは以前勤めていた会社の同期だった。 ひょうひょうとしていて、掴みどころがなく、時々ポツリとこぼす言葉が面白い。スラっとした体型の一匹狼。 女性にモテそうなタイプ。実際モテていた。 同期入社ということもあり、研修や会議や昼メシの時。そして喫煙室(お互い珍しく喫煙者だった)でよく話した。 何度か飲みに行ったこともあるが、俺が出版関係の仕事に転職してからは、全然会ってなかった。 だから急に『会いたい』なんてメールが来たら驚くじゃないか。 会社の近くのマックに行くと、伊達くんは窓側のカウンターの席に座って待っていた。 「テーブルも空いてるのにカウンターなの?」 「正面向きあうのは苦手なんだ。これ例の手紙」 「俺が読むの?」 「変な文だったらイヤだからさ」 『A様へ』 「A様って誰だよ?」 「相手の名前は教えたくないから、仮名にしたんだよ」 『お元気ですか?どうしてるのか気になるけど、メールする勇気もなく日々が過ぎました。悩んだ末にこの手紙を書くことにしました』 メールは出来ないのに、手紙は書けるのか?おかしなヤツだな。 『以前は顔を合わせることが当たり前だった。会えなくなって、初めてあなたのことが「結構好きだったんだな」と気が付きました』 好きなんて言い方は失礼じゃないのか?それでも彼なりの照れ隠しなのだろう。 『実は転勤で数年の間、関西へ行くことになりました』 「伊達くん、関西行くの?」 伊達は頷いた。カウンター席で横並びだから、その表情がはっきりとはわからない。 『東京へ帰って来るころにはあなたは結婚して、お子さんもいるかも知れない。俺にも大切な人が出来ているかも知れない。そんな事を考えたら、この言葉にできない気持ちをどうしても今伝えたくて、もう一度だけ会って顔を見たくて手紙を書きました』 『伊達より』 とても丁寧な文字で書かれていた。 ゆっくり気持ちを込めて書いたんだろう。 「不思議な表現もあるけど、いいんじゃないか。手紙は相手によっては重いって感じるかもしれないけど。せっかく書いたのなら渡してみたら?」 伊達くんは「うーん」と小さく頷いた。 「もういいや。最後に会えたらいいなって思っただけだし」 「手紙を出さないと会えないだろ」 伊達くんはホットコーヒーを静かにすすった。 「久しぶりにお前にも会えたわけだし。それでいいかな」 ポツリとそう呟いた。 なるほど、そう言うことか。 だから『A様へ』なのか。 俺はもう一度、伊達くんの書いた手紙を見た。とても丁寧に書かれた字。と思って書いたような字。 「こんな不思議な手紙、一度読んだら忘れられそうにもないな」 伊達くんの肩が一瞬ビクリと動いた。 「俺も久しぶりに伊達くんに会えて嬉しかった」
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