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替え玉は出来た。今回の死神との計画のすべてを野々神が勝手にやったことにしておけば、万一、トラブルがあってもわしの地位は守ることができる。
野々神を帰してから、ソファに体を預け、煙草に火をつけた。煙を天井に向かって勢いよく吐くと体の力が抜けた。
「これでなんとかなる」
天井に舞う紫煙に向かって呟いた。せっかくのぼりつめた協会長の地位を、あいつらの為に、ふいにするわけにはいかない。
協会長になるまで、どれだけ苦労したかと、若い頃のことを思い出した。ふと、野々神社の南の神のことが頭を過った。
若い頃はあいつのせいで一番にはなれなかった。あいつさえいなければ、自分は間違いなく一番で、もっと早く出世できたはずだ。あいつは、いつもわしの邪魔をした。あいつは確かに実力はある。この先あいつが本気になってわしの邪魔をしないかが不安でならない。
野々神は今回の計画を南の神に相談したりしないだろうか。南の神に知られることだけは避けないといけない。それだけは絶対にマズイ。
あいつが知ると、ここぞとばかりに、昔の仕返しをしてくるに違いない。あいつは若い頃のあの件でわしを恨んでいるはずだ。
あれは、わしとあいつが勝野神社で働いていた頃のことだ。当時の協会長が勝野神社に視察に来た時のことだ。
わしは勝野神社で東の神として働いていた。南の神はその当時も南の神だった。協会長の視察が終わり、勝野神社の神様たちが宴の準備をはじめていた。
みんな忙しくしているのに、南の神は勝野神社に現れた不審な少年の様子を見ると言って、宴の会場に来なかった。
南の神から、少年を見張っているから宴には行けないと、その当時の上司である勝野神に伝えるように頼まれたが、わしはそれを無視して伝えなかった。
南の神の評価を下げるチャンスだと思ったからだ。南の神が、宴の準備をサボっていると勝野神と協会長に伝えれば、きっと南の神の評価はどん底に落ちる。そうなれば、自分が一番になれると思った。
宴の準備が全て終わり、宴が始まっても南の神は姿を見せなかった。
協会長と勝野神は、宴の会場の隅で椅子に腰掛けて談笑をしていた。その時、南の神がいないことを伝えにいこうと思ったが、それは躊躇した。
南の神が宴の準備をしないでサボっていると伝えたら、協会長は怒り、勝野神は慌てるだろう。南の神の評価も落とすことは出来る。
しかし、下手をすれば、自分も仲間の告げ口をするようなやつとして評価を下げてしまうかもしれないと思い、慎重に様子をみることにした。
協会長と勝野神はニコニコと上機嫌のようだった。この視察で、協会長は勝野神社に好印象を持ってくれたのだと想像ができた。
自分の評価はどうだったのだろうか。南の神と自分の評価は、どちらが高かったのか知りたかった。
きっと大丈夫だ。自分には実力がある。ライバルは南の神だけだ。その南の神が、宴に参加せずにサボっていることをうまく伝えれば、自分の評価は上がり、南の神の評価は地に落ちる。
宴が始まっても、南の神の姿はまだなかった。このまま南の神が来ないことを願った。中途半端に現れて、少年を助けたことを報告されると、あいつの評価が上がるかもしれないと思ったからだ。
宴は盛り上がり、舞台に上がって歌を披露する神や芸をする神もいた。こいつらは実力がないからこの程度のことで、協会長のご機嫌をとるしかないのだ。この日の為に必死で練習をしているやつらを冷めた目で見ていた。
この雑魚どもは実力がないので眼中にはなかった。こいつらの役割はこれでいい。協会長の機嫌をとるだけの、その他大勢の神様でいい。絶対に協会長から頼りにされる神様にはなれない。
協会長は、舞台に向かって満足そうに手を叩いてゲラゲラと笑っていた。お腹を抱える場面もあった。こんなに笑っている協会長をはじめて見た。
これまでは、いつも眉間に皺を寄せ、こっちを突き刺すように細い目で睨み、唇を真一文字にしている印象しかなかった。
この時の協会長の表情を見る限り、今回の協会長の視察と宴は勝野神社にとって大成功のように思えた。
しかし、それは、このまま協会長が南の神が宴の場に姿をみせていないことに気づかなければの話だ。もし、気づいてしまうと協会長のにこやかな表情は豹変してしまうだろう。
協会長が豹変したら、どうなるのだろうか。この時、それが出来るのはわしだけだった。
協会長が、このまま南の神がサボっていることに気づかず、ご機嫌なまま視察が終わってしまうことは避けたかった。南の神は宴に参加していないことで怒られるべきなのだ。そして自分と南の神とでは協会を愛する気持ちに雲泥の差があることを協会長にわかってもらわなければならない。
「東の神ー、ちょっとこっちに来てくれるかー」
舞台の出し物が一段落したタイミングで、わしを呼ぶ勝野神の声が宴の会場に響いた。
一瞬、宴の場が静まり返り、みんなの視線がわしに集中した。勝野神の方を見ると、わしに向かって手招きをしている。
「はい」
何事かと思いながら、勝野神に向かって大きな声で返事をした。
「早く来い」
勝野神の手招きが高速になった。わしは勝野神の方へと早足で向かった。不安になり、勝野神の表情を見たが、その表情からは読めなかった。
「おーい、早く来い」
勝野神が手をメガホンにした。
「あ、はい」
勝野神の隣に座る協会長を見た。協会長の表情が少しずつ険しくなっていく気がして、慌ててダッシュした。
「すいません、お待たせいたしました」
少し息を切らしながら、協会長と勝野神の前に立ち深々と頭を下げた。
「呼ばれたらさっさと来い」
勝野神が眉をつり上げていた。
「申し訳ございません」
もう一度、頭を下げながら協会長の顔色を窺った。口を真一文字にして、目を閉じていた。いつもの厳しい表情に変わっていた。
「まあ、いい。実は協会長が今日お忙しい時間を割いてわざわざ勝野神社に視察にいらっしゃってくれた本当の理由なんだけどな」
今度は勝野神の顔に笑みが浮かんだ。隣にいる協会長も笑みを浮かべていた。悪い話ではないと思った。
「はい」
わしは直立不動で勝野神に体を向けた。
「ありがたいことに、協会長がこの勝野神社の神様は優秀な神様が多いので、勝野神社から一人の神様を協会の幹部候補として、本部に異動をさせたいとおっしゃってくれているんだ」
勝野神はわしの肩を何度も叩いて笑みを浮かべた後、「本当にありがとうございます」と言って協会長に向けて笑みを浮かべ頭を下げた。
「そ、そうなんですか。それって、すごいことですよね」
わしは興奮した。本部に異動ということは、実力を認めてもらったということだ。
「そうだよ、すごいことだよ。そ、そこでだ」
勝野神が一旦言葉を切り、唾を呑み込んだ。そして、わしの顔をじっと見て両肩に手を置いた。
「協会長が視察した結果、東の神、君をその候補にあげてくれたんだ」
勝野神の表情に満面の笑みが広がった。
「えっ、え、ほ、ほんとうですか」
わしも満面の笑みになった。
「本当だ。そんなに喜んでくれると、こっちまで嬉しくなるね」
協会長はわしに向かって笑みを浮かべながら言った。
わしは完全に舞い上がった。こんな光栄なことはない。
「それでだな、まずは東の神の気持ちを確認しておこうと思ったわけだ。今の顔を見ると確認するまでもなさそうだけどな。まっ、一応な。どうだ、本部に行きたいか」
勝野神が笑顔のまま訊いた。
「は、はい。光栄なことです。ありがとうございます。是非行きたいです」
わしは前のめりになった。
「まあまあ、落ち着け。まだ、お前に決まったわけじゃない。でも候補にあがっただけでもすごく光栄なことだぞ」
勝野神がわしの肩を何度も叩いた。
「はい、すごく光栄です、ありがとうございます」
幹部候補として本部へ異動するということは超エリートコースだ。こんなチャンスは滅多にない。このチャンスを絶対に逃したくない。
「よし、東の神の気持ちはわかった。そうしたら、南の神を呼んできてくれるか。協会長が、もう一人の候補として、南の神をあげてるんだよ。さすがに協会長はお目が高い。うちで一、二を争う神様二人に目をかけてくれたんだからな。でも、どちらも抜けると勝野神社は辛いけどなぁー」
勝野神はずっと目尻が下がりっぱなしだった。
もう一人の候補が南の神と聞いて、晴れやかな気持ちがくすんでいくのを感じた。
「南の神も候補なんですか？」
「そう、南の神も候補だ。あいつの力はずば抜けているからな。あいつにも候補に上がってることを知らせてやろうと思ってるんだ。あいつもきっと喜ぶだろうな」
勝野神の興奮は収まらない様子だ。
このタイミングで南の神が、この場にいないことを伝えるしかない。そうでないと、本部行きは南の神になる可能性が高い。
「それがですね。南の神なんですが……」
伏し目がちに唇を噛みしめて演技をした。このタイミングで南の神がサボっていると伝えれば、南の神は、きっと幹部候補から落選する。
「どうした？」
勝野神の眉間に皺が寄った。
わしは協会長と勝野神の顔を交互に見てから、顔に申し訳ございません、という表情を貼りつけた。
「実はですね、大変言いにくいのですが」
そこで言葉を切って、唇を噛みしめながら、また協会長と勝野神社長を交互に見た。
「だから、どうした？」
勝野神が苛立ちを隠さなかった。協会長の眉間にも深い皺が寄った。
「南の神は、こんな宴に参加するのはバカバカしいと言って帰ってしまいました。本当に申し訳ございません」
わしは一気に言って、深々と頭を下げた。
「な、なんだと」
勝野神の怒声がわしの後頭部に飛んできた。そこで、よしっと拳を握った。口元が勝手に綻んだ。
「この宴は、協会長が私たちのために開いてくれる大切な宴だから参加するようにと南の神を説得はしたんですがダメでした。本当に申し訳ございません」
「お前がそう言って説得しても、南の神は帰ってしまったのか？」
「はい、私の説得不足でした」
「あいつ、ど、どういうつもりなんだ」
勝野神がわしの胸ぐらをつかみ睨みつけてきた。勝野神の目は真っ赤に充血し、こめかみの辺りをピクピクさせていた。
「申し訳ございません」
わしは胸ぐらをつかまれながら首だけを折ってもう一度お詫びした。
「勝野神、暴力はやめなさい。彼が悪いわけではない」
協会長が言うと、勝野神は胸ぐらをつかむ手を少し緩めた。
「す、すまん。お前が悪いわけじゃないのに。つい興奮してしまった」
勝野神はそう言ってわしの胸ぐらから手を離し、わしに向かって頭を下げた。
「いえ、連帯責任ですから、おなじ勝野神社の仲間の無礼です。本当に申し訳ございません」
唇を噛みしめ、協会長に向けて、もう一度深々と頭を下げた。
「なかなか、君は見所があるね。私が今日視察して目に止まった二人の神様は大当たりと大外れといったとこですかな」
協会長は勝野神の方に視線をやった。勝野神も深々と頭を下げた。
「私の監督不行きでございます」
「そうですか。この勝野神社に、そんな無礼な神様がいることを、君には反省してもらわないといけないな」
協会長の眉間に深い皺が入っていた。
「は、はい、申し訳ございません」
「まあ、しかし、これで東の神か南の神、どちらを本部に連れて行くのか悩まなくてよくなったな」
協会長がわしの方に視線を向けて笑みを浮かべた。
わしはグッと拳を握った。
「ありがとうございます」
勢いよく頭を下げた。口元が綻ぶのを堪えられなくなった。
その後のわしは協会本部に入り、そこからはトントン拍子に出世して、協会長にまでのぼりつめることができた。この地位を守るために、この先、絶対に南の神に邪魔されるわけにはいかない。
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