プロローグ

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「てめえ、なに考えてんだ」  わしが勝野神社に出社すると、勝野神が飛んできて、えらい剣幕で怒鳴ってきた。頭から湯気が出ているんじゃないかと頭の上を見ると本当に湯気が上がっていた。 「は、はあ、何のことでしょう?」  勝野神の頭の上の湯気に視線を向け、首の後ろを掻きながら返事すると、湯気が一段と激しくなった。 「なぜ、昨日、宴をサボって帰ったんだ」 「ああ、すいませんね。反省しています」  宴をサボって帰ったことになっているようだった。東の神は勝野神に少年のことを伝えてくれてないようだ。まあいい。言い訳するのも面倒だ。 「今さら反省しても遅いんだよ」 「じゃあ、反省しないでおきます」  わしは、頭ごなしに怒鳴る勝野神に苛立った。 「な、なんだとー。お前、俺に喧嘩売ってんのかー」 「いえ、そんなつもりはありませんが」 「もういい。どうせ、お前は神様協会からすでに追放されているからな」 「追放?」 「そう、追放だ。もうお前は俺の部下でもなければ、協会の神様でもない。ただのフリーの神様だ」 「そうでしたか」 「今さら謝っても遅いぞ。協会長がご立腹だからな。許してもらえるわけない」 「それなら、今日はここに出社しなくてもよかったんですね」 「なんだ、その態度は。もういい、さっさとここから出ていけ。お前の顔なんて二度と見たくない」  勝野神を一段と怒らせてしまい、言われた通り、わしは勝野神社を後にした。  今思えば、大人気ない態度だったなと思う。勝野神には申し訳ないことをした。しかし、宴に参加せず、少年の後をついて行ったことは、今でも間違ってなかったと思っている。  あの少年を放ったまま宴に参加し、後で少年が自殺でもしてしまっていたら、わしは悔やんでも悔やみきれず、立ち直ることができなかっただろう。その事で神様としてやっていく自信を失っていただろう。自己嫌悪に陥り、そのまま神様協会をやめてしまっていたかもしれない。そう考えれば、神様協会を追放されたことなど、大したことではない。これからはフリーの神様としてやっていけるように人間について必死で学ぶしかないと思った。  フリーの神様になったわしは、人間の幸福度を上げるために必死で学んだ。その甲斐あって、自分の力だけで人間の幸福度を上げることができるようになった。そして、上がった人間の幸福度は協会に吸い上げられることがないので、有り余るほど増えていった。わしは、それを出来るだけ人間に還元することにした。人間に還元すると、今度は勝手に人間が幸福度を上げていった。  わしの手元には幸福度は有り余っていった。それを使って、本当に困っている人間を助けることも出来た。その頃はすべてがうまくいった。  わしはフリーの神様として成功したが、周りには神様協会から追放されたフリーの神様が浮浪の神や疫病神になっていくのを目の当たりにしていた。彼らの暗鬱な表情を見ていると、何とかしなければならないと思うようになった。  彼らが浮浪の神や疫病神になるのを食い止めよう。わしが成功したように、フリーになった神様にも成功してほしい。そして人間の幸福度をいっしょに上げていこうと考えた。  わしの得た人間の幸福度を上げるためのノウハウや心得を多くのフリーの神様に伝授するため、フリーの神様のための塾を作った。そして、ありがたいことにそこから優秀なフリーの神様がドンドンと誕生してくれた。何もかもうまくいってくれた。  そんなある日、協会から戻ってきてほしいという連絡が入った。今さらとも思ったが、その時の協会長が、一緒に勝野神社で過ごした東の神と知り、一度話を聞くことにした。  協会長になった東の神に久しぶりに会った。彼は貫禄がついて立派になっていた。握手を交わし、昔話をすることなく、彼はすぐに本題に入った。  彼は現状の神様は人間界の幸福度を上げることを疎かにしているので、君のように人間の幸福度を上げることに長けた神様に戻ってきてほしいと、わしに訴えてきた。  わしは、若い頃に協会で学ばさせてもらったおかげで、今の自分があるわけだし、今の協会長は同じ釜の飯を食った仲間だから神様協会に戻ることにした。そして協会長といっしょに人間の幸福度を上げ、神様協会を盛り上げると約束した。  それから、野々神社で南の神となったわしはフリーの頃と同様に人間の幸福度を上げていった。手応えもあり充実した日々が続いた。  しかし、ある時、おかしなことに気づいた。野々神社の人間の幸福度はドンドンと上がっているはずなのに、すぐに下がってしまっていた。おかしい、こんなはずはないと思い、独自で調査してみることにした。  すると、野々神社の人間の幸福度は一度は急激に上がっていたが、次の日には元に戻っていた。  その原因を調べてみると、野々神社の人間の幸福度の上がった分のほとんどを神様協会が吸い上げていたのだ。  神様協会に戻る条件の一つとして、人間の幸福度の吸い上げの比率を今の三十パーセントから十パーセント下げて二十パーセントにしてほしいとお願いしていたはずなのに、現実は百パーセント近く吸い上げられていたのだ。 「約束が違うじゃないですか」  独自で調査した資料を協会長の座る机の上に叩きつけた。 「何だ、その態度は」  協会長は眉間に皺を寄せ、わしの目をギロリと睨んだ。その時の協会長の目は完全に濁っていた。協会長はわしが机に叩きつけた資料を手に取り、一瞬、視線を落としたが、すぐにその資料を机に投げるように返してきた。 「何が、じゃないですよ。これは何ですか? 野々神社の人間から幸福度を通常の三十パーセント以外に七十パーセント近くも吸い上げてるじゃないですか」  わしは資料を手に取り、協会長の目の前にかざしながら訴えた。 「ああ、その件か。すまんな」 「すまんな、じゃありません。ちゃんと説明して下さい」  協会長は口元を歪めて話しはじめた。 「君が野々神社の人間の幸福度を大幅に上げてくれたからね。ちょっと多めに吸い上げさせてもらったんだ。そうでもしないと、協会の運営も厳しくてね。まあ、わかってくれ」 「わかるはずないでしょ。約束が違います」 「約束、約束とうるさい奴だな」 「これまでも、こうしたことをやっていたのですか」 「こうしたことって?」 「人間の幸福度の吸い上げを通常の三十パーセント以外に、無断で吸い上げるようなことですよ」 「幸福度の高い神社には、そこの神社の長に内密でお願いして吸い上げていたことはある。神社の長にお願いしているから無断ではない。今回の件も君の上司である野々神には伝えてある」 「そんなの、無茶苦茶だ。せっかく苦労して人間の幸福度を上げたのに、それを協会に全て吸い上げられたら神社としては、たまったもんじゃない。いや、神社だけじゃない。人間はたまったもんじゃない。やってられないですよ。こんなことしていたら、みんな黙っていないですよ。そのうち反乱が起きますよ」 「そんなこともないぞ。神社の長のなかには、余分に吸い上げられることが成績優秀の証だと勲章のように喜ぶ長もいるぞ。野々神も喜んでいたぞ」 「信じられない。この協会は腐ってる」  わしは何度も首を横に振った。 「これも今だけだ。協会の利益が安定したら、そんなことはしない。君の言ってたように吸い上げ率は二十パーセントまで下げるようにしてやる」  その後も協会長と話し合ったが、やはりわしと協会長の考えは平行線のままだった。 「協会の利益? バカバカしい」  わしは最後にそう言って椅子を蹴飛ばして出ていった。それ以来、わしは野々神社で人間の幸福度を上げることをやめた。  協会に所属して、人間の幸福度を上げたところで、協会に全て吸い上げられるだけだ。協会から脱会してフリーとして活動することも考えたが、協会長はそれを許さないだろう。  多分、わしがフリーになったとしても、協会長は邪魔をしてくるつもりだ。そうなると、当時フリーで頑張ってくれていた神様に迷惑がかかってしまう。  協会長はわしのことを目の上のたんこぶのように思っているから、わしは目立たない方がいいと判断した。  わしは野々神社の南の神として幸福度を上げることには力を入れず、出来の悪い神様を演じながら、陰でフリーの神様を支援することにした。神様協会に気づかれないようにフリーの時代に始めた塾で、指導したりアドバイスしたりし、優秀なフリーの神様を育てることに注力した。  フリーの神様たちは、協会の神様とは違い、自分の成績に固執せず、みんなで人間の幸福度を上げることに協力をした。幸福度の吸い上げ率を自分たちで決められるのだが、誰もが自分たちで上げた幸福度の二十パーセント以下におさえていた。出来るだけ人間に幸福度が残せるようにと考えていた。彼らは皆、わしの教えを守ってくれた。神様協会の幹部よりフリーの神様の方が常識があるのだ。  新しいフリーの神様が入塾したので、わしはそいつを徹底的に教育している。こいつはわしが邪魔したせいで神様協会のテストを受けることができず協会に入れなかった神様だ。  なぜ、わしがこいつのテストの邪魔をしたかというと、こいつが優秀だからだ。優秀で実直な奴なので、協会のドス黒い色に染まってほしくなかった。きっとフリーの神様で頑張った方がこいつの為にもなると思った。  神様協会のテストの当日に、こいつを試してみた。テストに行く寸前に、不審な少年が現れたら、こいつは少年を見捨ててテストに行くのか、それとも少年を心配してテストに行かないのか。  テストに行けばそのまま協会の神様としてやっていけばいいし、テストに行かずに少年の後をついて行ったら、フリーの神様として、わしが育てるつもりだった。案の定、彼は少年の後をついて行き、神様協会のテストを受けなかった。 「いいか、習の神。耳の穴、かっぽじってよーく聞けよ。大事な話だぞ」 「はい、ちゃんと聞いていますよ」 「なんだ、その態度は! 教えを乞う態度じゃないぞ」  わしは習の神に対し、丁寧に優しくそして時には厳しく教育した。習の神は、わしの見込み通り覚えがよくドンドン吸収していった。  こいつは近い将来、カリスマと呼ばれるフリーの神様にまで成長するだろう。そして、ここのリーダーになれると確信した。こいつがわしの後を継いでくれるはずだ。こいつがリーダーになってくれれば、わしはいつでも神様を引退出来る。  わしと習の神の師弟関係は周りから見ると羨ましい関係のようだった。わしも習の神に教えている時はすごく楽しかった。  しかし、この関係は長くは続けられないかもしれない。わしにはやらなくてはならないことができた。  それをすることで、協会長の逆鱗に触れるだろう。そうなると、協会長はわしを本気で潰しにかかるだろう。  これ以上、協会長の邪魔をすると、二度と邪魔できないように、わしを人間にしてしまうだろう。だから、わしは目立ってはいけないのだが、北の神のためにはやむを得ない。  だから、わしが人間になる前に少しでも早く習の神を一人前に育てなければならない。
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