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南野翔がガチガチに緊張した表情で北野麻耶と並んで歩いている様子を天から眺めていた。
あんなに緊張した南の神の姿は、これまで見たことがなかったので、新鮮すぎて勝手に口元が綻んだ。
南野はこれから北野麻耶の父親、北野秀太に、娘さんを僕にくださいと挨拶に行くようだ。人間の世界では男として人生最大級の大事な催しなので緊張するのも無理はないことなのかもしれない。
「習の神ー」
僕を呼ぶ声に振り向くと、フリーの神様の仲間がバタバタと大きな音をたてて走ってきた。彼はあっという間に僕の目の前まで来て、急ブレーキをかけるようにして止まった。
止まってから苦しそうに膝に手を当て息を切らしていた。上下する肩からは湯気があがっている。たいぶ興奮しているようだ。
僕に何か伝えたいことがあるようだけど、彼の呼吸が整うまで待つことにした。
しばらくの間、彼は肩を上下させ、口から白い息を機関車のように吐いていた。白い息が少しおさまって、膝から手を離したタイミングで、僕は訊いた。
「どうしたんですか?」
その問いには答えず、彼は逆に僕に質問してきた。
「習の神、さっきから何ニヤニヤして見てるんですか?」
僕の質問に対する彼からの答えがないことに少し戸惑った。あんなに慌ててたのだから、何か大事な話があったのではないだろうか。まあいい。とりあえず、彼の質問に先に答えることにした。
「人間になった南の神が幸せそうにしてるなと思って見てたんですよ。ほら」
緊張して歩いている南野翔を指さした。彼は僕の人差し指の先に視線を向けた。
「あっ、ああ、本当ですね。南の神さん緊張してますけど、幸福度は高そうですね。それに神様の頃と違って少しはイケメンになってますよね」
「うーん」
僕は南の神がイケメンになっているという言葉に首を傾げた。
「いや、神様の頃よりってことですよ」
僕が首を傾げるのを見て、彼はそう付け加えた。
「そうかな。神様の頃よりはイケメンなのかな。けど、あの顔は、やっぱりイケメンとは言ってはいけない顔だと思うよ」
僕がそう言うと、彼は吹き出した。
「失礼なことをいいますね。南の神にはあれだけお世話になって助けてもらったのに」
「それくらいのことはいいんだよ。南の神なら許してくれるよ」
「確かに南の神はそんなこと気にしませんからね」
「ところで、何慌ててたんです?」
彼は大事な話をするために来たはずだ。
「あっ、そうそう。大事な話です」
彼はそう言って姿勢を正した。
「本当に大事な話なんですか?」
大事な話のわりには横道にそれたなと思った。
「そうです。大事な話です。神様協会の協会長がついに白旗を上げました」
「協会長がですか?」
「はい。今の協会は解散することに決めたそうです。そして、今後は我々に協力するので、全協会員の受け入れをお願いしたいとのことです。それで、これからは全神様が我々と同じようにフリーでやることになりました」
「そうですか、ついにやりましたね」
報告にきてくれた神様に右手を差し出した。その神様も右手を出してきたのでがっちりと握手をした。やっと南の神の念願が叶った。
「南の神、うまくいきました。ついにあなたの夢が叶いましたよ」
緊張して歩いている南野に向かって声を掛けた。当たり前だが南野は気づくことなく緊張して歩いていた。
人間になった北の神のところへ、北の神の娘との結婚を許してもらうために向かっているのだ。
南の神のことだ。これも絶対にうまくいく。あの時、北野秀太を救ったのは南の神なのだから。北の神にもそれが伝わるはずだ。
「今日も、きっとうまくいきますよ」
僕は両手をメガホンにして、南野に向かって叫んだ。
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