9.君の悲鳴が僕の生きがい

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9.君の悲鳴が僕の生きがい

 この円形ロビーの、南側には玄関扉、北側には屋敷の奥へと続く扉があるから、次に化け物が出てくるとしたら、このどちらかからとなるはずだ。勿論北から来る可能性が高いが、一旦外へ出て玄関から回りこんで来ることも十分あり得る。  俺たちは北と南どちらの扉からも死角となる、円の西側に設置されたソファの裏側に身を隠すことにした。  このゲームには“スタミナゲージ”が存在しており、走り続けてゲージが赤になると一定時間動けなってしまうため、少し休んでスタミナを回復する必要があるのだ。 「……だからやめろよ、なんで撮るんだ」  俺はソファの裏で安堵の息を吐いてから、横目にスメラギを睨み付けた。ちょっと目を離した隙に、スメラギはまたビデオカメラを俺に向けていた。レンズを向けられると気持ちが落ち着かなくなる。 「撮影する理由なんて、僕が君のファンだからってだけだよ。特にホラーゲーム実況プレイが好きで、一本あたり最低四十回は視聴してるから」 「え、気持ち悪っ」  再生数に貢献してくれているのだから悪いことではないが、思わず、思わず素の感想が口を突いて出てしまった。  しかしスメラギは気にする素振りもなく、勝手に話を続ける。 「その中でもね、動画のを切り取って集めたものは作業BGMにしてるんだよ。睡眠用もあって、小さめの音量で流しながら寝ると安眠出来るんだ、ASMRの一種だね。着信音に設定していたこともあるんだけど、それは電車の中で鳴った時に周りの人間にすごく驚かれたからやめにした」 「なんてことしてくれてんだ!」  人権侵害だ。  スメラギがちょっと、いや大分“危ない奴”であることは初対面から思い知らされていたが、たった今“危ない”の意味が広がった気がする。 「……ちなみに特定の一部って?」  恐る恐る訊ねてみると、 「悲鳴」 「は?」 「君の悲鳴を聴くのが、僕の生きがいなんだ」     この世のものとは思えぬほど美しい顔をしたその男は、恍惚に溶けた瞳で俺を見つめ、そう宣ったのだった。 「三度の飯より君の悲鳴が好きなんだ」  追い打ちをかけられて、何も言葉が出てこない。  ライバーという職業柄、声が良いと褒めてもらえる機会は少なくない。ホラーゲームをしている時の絶叫が面白くて好きだと言われることも多々ある。しかし「生きがい」とか「三度の飯より好き」だなんて告白をされたのは初めてだ。  その時。  パンッという微かな破裂音が静寂を割った。視界の端で上がった小さな花火――リスナーからのギフトである。   それを見て俺はやっと、今が配信中であるという事実を思い出した。  同接数は六万一千人。俺のライバー史上最多の数字だ。  六万一千人の前でたった今、悲鳴を集めてファイルにしてるとか、生きがいだとか、三度の飯より好きだとか、とんでもない暴露をされてしまったのだ。勿論“とんでもない”のはスメラギ一人であり、俺はただの被害者なのだが……。  恐る恐るに窺い見れば、チャット欄はまさに阿鼻叫喚。流れが早すぎてあまり読み取れないが、大多数は笑っているか叫んでいるかで、一部に本気で引いている様子のコメントも見られる。  終わった。絶対に切り抜かれる、かけてもいい。そして向こう三年くらいはリスナー達からこのネタを擦られ続けるに違いない。 「サク、どうしたの?」  スメラギだってリスナーの反応に気づいていないわけはないのに、まるきり平然として、微笑を浮かべたまま問いかけてくる。こいつのメンタルは一体どうなっているのか。 「どうしたのじゃねえよ……」 「あ、来るね」  スメラギが思いついたように呟いたのとほとんど同時に、どこからか足音が聞こえてきた。  再び化け物のご登場のようだ。  右から来るか、左から来るか。  俺は二つの扉に目を走らせて音の方向を特定しようと務めた、のだが。どうも足音は別のところから聞こえてくるようだった。  右でも左でもなく――後ろ?  はっと振り返ったその瞬間。  ドガン、と何かが爆発したような凄まじい音と共に、数メートル後ろの壁際に設置されていた大きな本棚が、吹っ飛んだ。
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